2005年12月10日

天皇杯5回戦 浦和vsFC東京 愛媛総合公園陸上競技場

徹夜仕事の後、帰って風呂に入って支度して羽田空港へ。夜明けの富士山がきれいであった。天皇杯の会場がいっそ鳥取バードなら、ついでに帰省ができるのだがな。でもこのカードを鳥取に割り振ったら、愛媛開催時以上に交通手段がなくてえらい騒ぎか(苦笑)。
空港から松山市駅まで行ってみると、どうも路線バスしか出てないらしく、バス停は長蛇の列。これは並びたくない、と、東京サポのご夫婦のタクシーに相乗りさせてもらってスタジアムへ。G裏芝生席でぼーっとしていたらG間さんに遭遇。キックオフ前にはI井君達とも合流。なりゆきまかせで寝不足ハイのまま襷で跳ねることに。

ジャーンも怪我でCBに藤山。最終ラインからロングフィードを出せないのは歯痒かった。モニ、精進せよ。
皆気合は入っていた。時間が経つにつれて、気合が焦りに変わっていった試合だった。前半、ノリオのクロスからのと、栗澤からの折り返しと、2本の阿部のヘッドが決まっていれば。また、後半立ち上がりに栗澤のGKと1対1が決まっていれば。タラレバに意味はないけれど、1点取りさえすれば、結果はわからなかったと思う。逆に、それを決められないところが、今の東京の限界なのだろう。どうやったら決められるようになるのか? それがわかれば誰も苦労はしないか。
前半、右サイドの深い位置でボールがラインを割る。今野らが東京ボールを主張する間にスローインを入れられ、対応が後手に回ったところで先制を許す。この失点はイカンでしょ、先週も似たようなことをやったばかりなんだから。マジメな選手で気合も入ってるから、「?」なジャッジに抗議したくなるんだろうけどね。
ササが上手くボールに触れず、段々下がってきてしまう。憂太かルーカスがいればなあ、と思わずにはいられない。前半終了間際には、CKからのマリッチのシュートをササがゴールラインぎりぎりでクリア。東京に入るとどんなFWも守備が上手くなってしまうと見える。
後半、早い時間に栗澤→宮沢。ロングボールでこぼれは今ちゃんが拾って波状攻撃、というところで、60分にその今ちゃんがポンテ(?)と交錯、左膝を痛める。治療で外に出て、一瞬全体の集中力が切れた隙に、山田に左サイドを突破されゴールを決められる。今ちゃんは立ち上がってピッチに戻ったものの、もう走れないのは明らかだった。すぐに今野→文丈、さらに金沢→祐介。4バックをかなぐり捨てても攻めに行く交代。…しかし、いくらロングボールを放り込んでもクロスを上げても、こぼれ球を拾う役がいない。攻め上がってはカウンターを受ける展開となる。力もある、意志もある、でも個々のそれらを1つの流れにまとめる役がいない、という感じでした。ああ、ゲームメーカーとはそういうものなのか。

そんなわけで、終戦。徒労感、歯痒さ、勝てた試合を落とした悔しさ、そういう諸々を置いて、一つの時代が終わったんだなあという圧倒的な感慨、寂しさ、空虚感。原東京はこれで終幕となった。YNWAを歌うゴール裏に沿って、ヒロミは涙をこぼしながら握手して回り、大量のマフラーを受け取って首に掛け、手を振って引き上げて行った。ありがとう、またいつか。
ぽっかりと穴が開いたような、やるだけやって虚脱したような、妙に平坦な気持ちでスタジアムを後にした。

-----
帰りも、来るときと同じご夫婦とタクシーを相乗りさせてもらったんですが、大きな札しかなくてタク代をお渡しできませんでした。お返ししたいので、もしここをご覧になっておられましたらご連絡くださいませ>Iさん。
posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー:観戦記2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック