2006年06月03日

「京琳派 神坂雪佳展―宗達、光琳から雪佳へ―」日本橋高島屋

高島屋は昨年のお歳暮ポスターに雪佳の『百々世草』から「雪中竹」を使っていて、車内吊等でスズメがのぞいているのを見かけてはほっこりとしていたのですが、今年もお中元ポスターに「朝顔」を使っています。それに合わせて、細見美術館のコレクションを中心に「神坂雪佳展」を開催。

神坂雪佳(1866-1943)は明治〜昭和初期に活躍した絵師。「画家」というより「絵師」と呼ぶ方が相応しいと思うのは、この時期の芸術家の多くが西洋画・ファインアートに向かったのとは反対に、伝統的な美術工芸や実用品のためのデザインを精力的に行った職人的な人でもあるからです。それこそ、琳派の祖とされる光悦の光悦村や、宗達の俵屋工房と通じる。光琳・乾山兄弟のように、雪佳にも漆芸家の弟・神坂祐吉がいたことも理由のひとつでしょう。兄弟のコラボ作品も多数展示がありました。欧州を視察してアール・ヌーヴォーに触れたことも、装飾美術の発展に力を注ぐ気持ちを固める上で支えとなったかもしれない。
4部構成の展示で、「1.雪佳の源流」で光悦・宗達から雪佳に至る琳派の系譜、「2.雪佳の絵画」で花鳥・古典等の絵画作品、「3.雪佳の工芸」で装飾・意匠を提供した陶磁器・漆器・染織等、「4.琳派の意匠」で中村芳中との関わり等を紹介。
薄墨でゆるりさらりと輪郭を描いて、薄く太い輪郭線の部分をそのまま塗り残すという特徴や、のんびりしっとりした作風が中村芳中(?-1819)と共通するが、時代も離れているし、どういう関係にあるのかと思っていた。4部で、雪佳が所蔵していた芳中の「枝豆露草図屏風」が出品されていて、芳中に傾倒していたことがわかった。たらし込みの技法を多用することも似ている。雪佳は特に金泥のたらし込みが多いので、実物を見てこんなに華やかだったのか、と驚きました。
一方で、のんびりした草花の造形の中には、細く張り詰めた線で金色の葉脈が描き込まれていて、その対比が画面を引き締めている。形を単純化することや構図のアイデア、トリミングのセンスも光る。『百々世草』も良いが、「十二ヶ月草花図」の構図はとにかくすごい。
版画集『百々世草』の原画を見られたのは嬉しかった。できれば、版画の方も並べてあれば、彫師・摺師の技が見えて良かったな。
宣伝のメインビジュアルに使われていた「金魚玉図」は、丸い金魚鉢の中の金魚を正面から描いたひょうきんな絵だが、軸装の裂地には葦簀の模様が直接描かれ、涼感を強調していた。真夏の座敷でこれを眺めて、風鈴の音を聞きつつ冷たい麦茶を飲みたい。そういう、手元に置いて眺めたい・使ってみたい感じが、雪佳の作品にはあります。雪佳図案/河村蜻山作の「菊花透し彫鉢」が素晴らしかったー。硯箱や文箱も。何となく「工芸品でござい」と取り澄ました感じがないのだ。
光悦的でシャープでかっこいいのが江戸琳派、宗達的でひょうげてかわいいのが京琳派、という感じでしょうか。芳中も大阪の人だね。

雪佳の図案は、今でも浴衣や帯に使われています。高島屋のウィンドウには素っ頓狂な浴衣(髑髏とか蝙蝠とか黒レースとフリルのオビスチェとか)を着たマネキンが立っていたが、ああいうのを作るよりも、『海路』から渋い色で水紋の浴衣を作ってくれないかなあ(どうも、ゴスロリ浴衣は「傾(かぶ)く」とはちょっと違う気がするですよ。所詮、既成概念で作ってるんじゃーん、と)。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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