2012年11月06日

ドーピング覚書

ランスとその周辺については、ドーピングだけでなく贈収賄や脅迫や横領の色んな薄暗い話が出てきていて、ニュースや発言を追いかけきれない(もっとも、そんなに熱心にニュースサイトを見ているわけじゃないけれども)。

ドーピングだけじゃ勝てない、勝利の裏にはそれ相応のトレーニングや才能があったはずだと思うので、ドーピングのニュースは悲しくなるのだが、ドーピング自体についてよく知らないことに気がついたので、ざっくり調べてみることにした。

自転車に興味のない友人とランスの件を話していてわかったが、一般には「ドーピング」というと筋肉増強が目的だと思われているみたい。
USADAの告発では「エリスロポエチン(EPO)、輸血(時ドーピング)、テストステロン、コルチコステロイド及びそのマスキング剤の使用疑惑」となっていて、このうち筋肉増強目的にあたるのはテストステロンだろう。まずはここからまとめてみる。

テストステロン


テストステロンは体内にもともと存在するステロイドホルモンで、男性ホルモンの代表格。
テストステロンWikipedia

[生成・分泌]
哺乳類のオスでは睾丸から、メスでは卵巣から主に分泌されるが、副腎からも微量ながら分泌される。

[作用]
筋肉増大、タンパク質同化作用の促進、性衝動の増進などの作用をもつ。

[研究報告]
更年期うつ病の治療にテストステロン補充療法として投与する場合がある(ただし、日本では保険適用外)。
筋力トレーニングや不安定な興奮(例えば闘争や浮気など)によってテストステロンの分泌が促される。イリノイ州ノックス大学の心理学者、ティム・カッサーの研究では大学の学生らに15分間銃を扱わせたところ唾液から普段の100倍近いテストステロン値を記録したという。この事から危険物、あるいは危険な行為が更なる分泌を促すと言える。
プリンストン大学の研究者はテストステロンは痛みを鈍らせる効果があることを発見した。テストステロンを投与されたスズメはされていないスズメより3倍長く痛みに耐える事が出来た。
心理的には闘争本能や孤独願望(1人でいたい、干渉されたくない欲求)を高める作用をもたらす。
前立腺疾患に関与しており、前立腺癌や前立腺肥大を抑えるために、抗アンドロゲン剤の投与や睾丸摘出を行うことがある。

Wikipediaにもあるように、テストステロンには筋肉増大、タンパク質同化(タンパク質合成)作用の促進効果がある。痛みを鈍らせ、闘争本能をかき立てる。
男性更年期障害や貧血の治療に使われるが、前立腺ガンや多血症の副作用があることが知られている。多血症とは、血液に含まれる赤血球の数が増加する状態のこと。血液の粘度が上がるので、動脈硬化や血栓症を起こしやすくなる。

薬物として使用されるステロイドホルモンは、マメ科植物等から合成される。つまり植物性なので、生体由来(動物性)のステロイドとは炭素の同位体比が異なる。尿検査による検出はこの差異に着目して行われる。


コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン)


副腎皮質ホルモンも、体内にもともと存在するステロイドホルモン。
副腎皮質ホルモンWikipedia

副腎皮質ホルモン(ふくじんひしつホルモン、Corticosteroid)は、副腎皮質より産生されるホルモンの総称である。炎症の制御、炭水化物の代謝、タンパク質の異化、血液の電解質のレベル、免疫反応など広範囲の生理学系に深く関わっている。ストレス、侵襲などさまざまな影響によって分泌され、医薬品としても使用される。
男性ホルモンは男女問わず副腎皮質からも分泌されるが、副腎皮質ホルモンに含めないことが多い。
副腎皮質ホルモンは以下の二種に大別される。
糖質コルチコイド:炭水化物、脂肪、およびタンパク代謝を制御し、リン脂質の生成を防ぐことによって抗炎症剤としても働いたり、好酸球の活動を抑制するなど様々な作用を持つ。
鉱質コルチコイド:主に腎臓でナトリウム貯留を促進させ、電解質と水分を制御する働きを持つ。
それぞれコルチゾール、アルドステロンが代表的なホルモンである。

[用途]
副腎皮質ホルモンと同等の効果がある合成薬は、脳腫瘍から皮膚病までさまざまな病気の治療に使用されている。
(略)
合成された糖質コルチコイドは、関節痛または関節炎、側頭動脈炎、皮膚炎、アレルギー反応、喘息、肝炎、全身性紅斑性狼瘡、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎とクローン病)、眼疾患(ブドウ膜炎)、サルコイドーシスの治療、そして、慢性原発性副腎皮質機能低下症、副腎機能障害など糖質コルチコイドの欠乏症の治療にも使われる。また、副腎皮質ホルモンは、嘔吐の抑制剤としてしばしば5-HT3受容体拮抗型制吐剤(例えば、オンダンセトロン)と組み合わせて使われる。
(略)

副腎皮質ホルモンは生体の恒常性維持に働き、アレルギー反応や炎症、免疫反応を抑制する効果を持つ。そのため、合成薬はアレルギー性鼻炎・喉頭炎や喘息、嗅覚・聴覚などの感覚障害の治療薬としてよく利用されている。医療現場で「ステロイド」と言うと、だいたい副腎皮質ホルモンのこと。スポーツ選手が治療目的で利用する場合には、事前の許可が必要。

糖質コルチコイドの一種、コルチゾールには、タンパク質成分をブドウ糖に変換し、血糖値を上げる働きがある。糖質コルチコイドは、主に体内のタンパク質をアミノ酸に分解し、アミノ酸からブドウ糖を生成する過程に作用する。
主要な鉱質コルチコイドのアルドステロンは、体内の水、ナトリウムイオン、カリウムイオンのバランスを調節して、血液量を増加させる働きがある。

コルチゾール過剰な状態が続くと、代謝異常、免疫機能の低下による感染症、高血糖と肥満、骨量減少などが起こりやすくなる。また、糖代謝の異常により脳の海馬が委縮することで、うつ病の原因となり得る。
アルドステロンによりカリウム排出・ナトリウム再吸収が促進され、水分が保持される状態が続くことで、高血圧となる場合がある。低カリウム血症を発症すると、筋力の低下や麻痺、呼吸不全などの症状を起こす。


エリスロポエチン(EPO)


自転車関連のドーピングでいちばんよく出てくるのはコレだろう。エリスロポエチンも、体内で生成されるペプチドホルモンで赤血球産出を促す。
広義の血液ドーピングには、輸血だけでなく遺伝子組換えEPO(rEPO)のアンプル注射も含まれる。
エリスロポエチンWikipedia

エリスロポエチン(erythropoietin; EPO、英語発音: イリスロウポイァトゥン)とは、赤血球の産生を促進するホルモン。肝臓でも生成されるが、主に腎臓で生成される。9割が腎臓で産生されているとも言われる。このため慢性腎不全になると、エリスロポエチンが必要なだけ得られなくなるため、貧血が起こる。(略)
赤血球の増加効果に着目し、かなり以前から持久力を高める目的で自転車競技やサッカー等のドーピングに使用されているとの指摘がある。しかし元々体内に存在する自然物質でその使用の判別が難しい為、ヘマトクリット(血液中に占める血球の容積率)、ヘモグロビン、網状赤血球数などを用いてドーピングのスクリーニングを行っているケースが多い。スクリーニング検査による疑い例は、尿を材料として電気泳動法によって遺伝子組換えエリスロポエチンを検出している。

EPOの検出は難しい。
遺伝子組換えEPOを分離・検出する尿EPO検査は費用が高く、結果が出るまでに時間もかかる(日本分析センターによると72時間=3日間)。費用のはっきりした資料は探せなかったのだけれど、断片的なのを繋ぎ合わせると、EPO以外の(?)尿検査<血液検査<尿EPO検査で、それぞれ5〜6倍ずつ高額になるようだ(ご存じの方、教えてください)。

第三世代EPOと呼ばれるCERA(Continuous Erythropoiesis Receptor Activator:持続性エリスロポエチン受容体活性化剤)はEPO自体ではなく、EPOを生成する受容体に働きかけるもの。もともとは貧血治験薬。開発元であるロシュ製薬の協力により、2008年になってようやく検出方法が確立された。
EPOの効果は1週間未満、検出可能期間は2週間程度。CERAは1か月程度効果が持続するため、いったん検出できるようになると発見もされやすい。2008〜2009年頃にCERAで陽性になった選手が多かったのはそのためと思われる。

血液検査では赤血球中のヘモグロビン量や、ヘマトクリット値によってEPOドーピングを行っているかを判断するので、基準値との比較のほかに、選手個々の平常値との比較が必要になる。そこでUCIやFIS(国際スキー連盟)をはじめとする競技団体では、2008年から「バイオロジカル・パスポート(アスリート・パスポート)」と呼ばれる生物学的マーカーの記録が義務付けられている。これには尿検査・血液検査の結果、血液検査を基にしたヘマトクリット値などの血液学的プロフィール、尿検査を基にしたステロイドプロフィールが記録され、選手はADAMS(Anti-Doping Administration and Management System)に3か月ごとに毎日の居場所を登録して抜き打ちの検査に備える必要がある。

一般に、
赤血球中ヘモグロビン量の正常値:男性<17 g/dL、女性<16 g/dL
ヘマトクリット値の正常値:男性 45±7%、女性 42±5%

個々の体質や高地トレーニングなどでヘモグロビン量、ヘマトクリット値の平常値は上昇するが、値が増えるということは血液の粘度が上がるということ。ヘマトクリット値が55%を越えると血栓症を生じる率が上がり、脳血栓や心筋梗塞などが起こりやすくなる。睡眠中などの心拍数低下時、つまり血液を循環させる力の弱まるときが危険なので、心拍数モニターを繋いで就寝し基準以下になるとアラームが鳴るようにしている選手もいるとか。

UCIではヘマトクリット値の上限を50%としている。これがまた問題で、検査時に50%未満であればひとまず陽性とはならないということでもある。そのため、ドーピング間隔のコントロール、血漿や生理食塩水の注射などで50%以下に抑える隠蔽措置が行われる。


輸血


採取した血液から赤血球を分離して保存し、競技時に輸血することで心肺能力能力を向上させる方法で、自己血輸血と同種血輸血(同じ血液型の他人の血の輸血)がある。また、ブラック・マーケットには人工血なるものも売られているらしい。
人工血や同種血であればDNAを調べればよいが、自己血輸血はそれではわからない。赤血球の形状や古さを調べて判別することになる。

同種血輸血には腎臓障害や感染症の危険性があるが、自己血ならそんな問題はないように思われる。が、2011年にリカルド・リッコがやらかしたのは記憶に新しい。

再びレース界を震撼させたリッコ 強く求められる罰則強化 2011/02/10(cyclowired

自己血輸血(や他のドーピング)を判別するには、血液バッグ等のプラスチック製容器に含まれる可塑剤を検出する方法もある。しかし、これはまだルールとして確立されていない。
ちなみにコンタドールの件では、クレンブテロール(呼吸器障害の治療薬だが筋肉増強作用もある)のほかに可塑剤のフタル酸エステルが検出されている。…一応、CASの判決文では血液ドーピングの可能性は薄い、となっております(と、コンタファンはつぶやく)。

コンタドール最新情報 2つ目のサンプルが血液ドーピングを示唆との新聞報道 2010/10/7(CYCLINGTIME

赤血球増加だけでなく、分離した血漿を輸血することによりヘマトクリット値を正常に戻す隠蔽措置にも使われる。


マスキング


マスキングとは、ドーピングを隠蔽すること。薬剤や物理的な方法によってドーピングが検出されないようにすること。
利尿剤によって薬物を体外に排出させたり、逆に痛風の治療薬などによって薬物の排出を抑えたり。検査時には正常に戻っているようにドーピング間隔をコントロールしたり、尿検査のサンプルに細工をしたり。上に書いた血漿の輸血もマスキングの一種。

2012のTdFでは、シュレック兄が利尿剤キシパミド検出で除外となった。

フランク・シュレクがドーピング検査で利尿剤検出 ツールを去る 2012/07/18(cyclowired

競技後の血液検査は、その日の対象者であると通告されてから規定時間内に検査場に出頭して行われる。通告から出頭までの猶予期間に薬剤や生理食塩水によって血液を希釈し、採血後に利尿剤によって余剰物を排出する手法が取られることがある。利尿剤を禁止薬物とすることでこれを防いでいる。


ドーピングの効果


ではドーピングすることで、実際に競技においてどういう効果があるのか。

血液中の赤血球が多ければ、つまりヘマトクリット値が高くなると、筋肉に運ばれる酸素の量が増える。すると長時間、高い出力で踏んで行けることになる。さらに、通常であれば3週間のレースの間にヘマトクリット値は徐々に低下していくが(開始時44%→3週間後40%、とガーミン・シャープGMのジョナサン・ヴォーターズ談)、血液ドーピングをすることで、開始時の高い数値のまま3週間を過ごすことができる。

ランスの件で競技から追放となったミケーレ・フェラーリ医師によると、ヘマトクリット値が10%増加すれば、出力は約5%向上するとのこと。時速50km前後で走るTTでは1kmあたり1.5秒、10%の登りでは1kmあたり8秒の差。50kmのTTでは75秒、厳しい登りが10kmあれば80秒の差をつけることができる計算になる。

「ドーピングだけじゃ勝てない、勝利の裏にはそれ相応のトレーニングや才能があったはずだ」と冒頭に書いた。しかし、この具体的なアドバンテージを知ったとき、そして疑わしい選手が勝っているとき、勇気ある臆病者としてドーピングの誘惑を撥ね退けることが自分にはできるか? それほど自信はなかったりするのだ…。


付記


資料とか。
日本アンチ・ドーピング機構(JADA)
 ・世界ドーピング防止規程(WADA規程)、禁止表など
日本分析センター 基礎知識(はじめての方へ)
 ※JADAのURLが上に変わって、ライブラリからのリンクが切れております。

記事とか。
「ドーピングはなぜなくならないのか」M. シャーマー日経サイエンス2008年8月号
ロンドン五輪、史上最大のドーピング検査の裏側 2012/07/27(WIRED

個人ブログとか。
スポーツファーマシストのつぶやき


ところで、サッカー界はどうなってる? 個人競技や記録を競う競技と違って、チームで行うサッカーはドーピングの効果が薄いと言われてはいる。しかし、こんな記事もある。

スペインの緩すぎるドーピング事情。サッカー界は潔白を強調するが……。 2011/03/25(NumberWeb

ここに書かれているのはステロイド剤やEPOのことだけれど、リーガ中継の中では実況アナが「バルサでは自己血輸血してるんですよ、すごいですねー」みたいな話をしていたそうで、競技によってどこまで認められるのかよくわからない。

日本でJ1、J2は試合後にドーピング検査があるけれど、JFLにはない。天皇杯や国体では実施される。大学サッカーはどうだろう、なさそうだな。チームのメディカルスタッフがよくご存じだと思うけれど、ステロイドやサプリメントには気をつけてもらいたい。

日本サッカー協会 メディカルコーナー(ドーピング関連情報)



以上、素人まとめでした。

posted by kul at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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