国立劇場。それも演芸場でも小劇場でもなく、大劇場での落語である。それに相応しい仕掛けをちゃんと用意してあるところが素晴らしい。
開演前は、めくりがポツンと、黒背景の舞台中央に置かれている。間口が広くて落ち着かないと思ったが、開演すると回り舞台が動きだす。背景の黒い壁がぐるりと回ると、半円形の白い(金色の?)壁が取り囲む中に高座が現れる。後ろが半円になっているので、間口奥行きの広さが気にならなくなるのだ。上手いな。でもそれは、前提として志の輔さんの噺の上手さがあるから、“空間が持つ”のだ。
下手より志の輔さん登場。ちょうど安倍首相が退陣を発表したもので、時事ネタを入れながら「バールのようなもの」。CDで聞いたことがあるが、生は初めて。小ネタが結構違うのね。
回り舞台がまた回ると、出囃子の方々が登場。顔見せを兼ねた演奏の後、再び回って高座に戻ると板付きで志の輔さん。「八五郎出世せず」。殿様が士分に取り立てようとするのをお断りするので「出世せず」。ひろ〜いお屋敷をキョトキョトしながら「へーや(部屋)、へーや、へーや」「こっちは、にーわ(庭)、にーわ、にーわ」と歩いて行く様子がかわいい。
中入り後、「政談月の鏡」。“円朝の失敗作”とのこと。上演されたことがないらしい。何故なら、面白くないから。
落語は普通、一人の人物を主軸に置いて、時間軸を縦に追って行く。だから、先にこういうことがあったという仕込みの部分を踏まえて、誰かにいたずらを仕掛けたとか、先の出来事を真似したのに失敗しちゃったという流れを、観客はすべて知っていて笑うのだ。
観客に事前情報を与えずに、時間軸を横切りにして大勢の登場人物をリアルタイムで追って行く『24』のようなサスペンスは、落語には難しい。円朝はこの作品でサスペンスをやろうとしたのじゃないか。せっかく国立大劇場を使うので、ちょっとやってみよう、との前説で始まる。
長屋に暮らす浪人親子、浪人の屋敷勤めの弟、長屋の人々、怪しい侍、小間物屋夫婦、岡っ引き達、吉原の女郎、口入屋の婆さん、牢番、お奉行様、と、多種多様な登場人物。確かに、絵がないので場面転換を示すのは難しい。演じ分けの苦手な人には無理だろうと思うが、志の輔さんだと、会話だけで別の人物のパートが始まったことがちゃんとわかるのだ。
それでもゴチャゴチャしてくると…
突然暗転。舞台後ろの半円の壁に、デジタル表示の時刻! さらに物語に沿った時代劇のカットが、ダン!ダン!ダン!と映し出される! SEはもちろん『24』のCM前の例のアレ。場内大ウケ、拍手! このための、あの背景なのか、と感心しきりである。志の輔らくごは、本当に舞台演出が凝っていて楽しい。その後も2度ほどこのアイキャッチが入った。会話だけで話を追って行くので、アイキャッチのときにト書き代わりに軽く説明を入れ、ダレるのを防ぐ効果もあるのだ。
実際のところ、「政談月の鏡」の物語自体は、特に面白くはなかったのだが(苦笑)、演じ方と演出が素晴らしく、「落語はサスペンスに向かない」と言いつつも、やろうと思えば落語でサスペンスだってできるよ!という意気を感じるものだった。いやもう、志の輔さん、お疲れ様でした。
余談だが、「政談月の鏡」は講談でやったら面白いのかもしれない。
2007年09月13日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/55799444
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/55799444
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック



