2008年04月25日

「没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai−近代へ架ける橋−」京都国立博物館(総括)

猫に謝りつつ、雨天観戦グッズを荷造りして京都へ。昼過ぎに着いて、バスで京博へ移動。並ぶかと思っていたら、あっさり入れて拍子抜け(苦笑)。館内もそれほど混むことなく、じっくり見るには調度良かった。

河鍋暁斎(1821-1889)を最初に知ったのは、『芸術新潮 河鍋暁斎の逆襲』(1998年6月号)。作品にも「すげえ!カッコイイ!」と興奮したのだが、何より夢中になったのは、鬼気迫る下絵の描き込みだった。蕨市にある河鍋暁斎記念美術館(曾孫にあたる方が運営)に膨大な下絵が保管されているそうだが、まだ行ったことがない(京都より近いのに…)。

暁斎は幼少期に一時、歌川国芳に師事した後は、狩野洞白の元に入門。しかし狩野派に飽き足らず、円山四条派、琳派、土佐派など様々な流派を学び取り入れていく。変幻自在の画力は、江戸〜明治に変わっていくこの時期に来日したジョサイア・コンドル(鹿鳴館の設計者)、エミール・ギメ、ウィリアム・アンダーソン(英海軍医師)、フェノロサ等々外国人に高く評価され、多くの作品が海外へ運ばれている。
「画鬼」と号したことから、1993年に大英博物館で開催された特別展のタイトルは「Demon of Painting」と付けられた。
流派の枠を超えたり、風刺画を描いたり(39歳のときに政治批判をしたとして逮捕、投獄されている。出所後、「狂斎」から「暁斎」に改名)しているため、画壇からはやや外れた存在であり、現在、国内での評価や知名度が低い原因となっている。

その他、詳しくはこちらを参照:
京都国立博物館 暁斎展案内
河鍋暁斎記念美術館
河鍋暁斎(Winkpedia)
河鍋暁斎研究コミュニティ

昨年、狩野永徳展に行ったときにチラシで開催を知り、楽しみにしてました。でも、お江戸の絵師なのに、開催地は京都だけ。何か悔しい。

個々の作品については、また後で書こうと思います。全体的な感想としては、何かもう、すごかった。すごいというのが、圧倒されるというよりも、あまりに何でも描けてしまうことに呆れる感じですごい。展示室ごとにジャンル分けがされているのだが、ジャンルが多岐に渡り過ぎて、しかもどれも上手くて、どこに焦点を絞っていいかわからなくなる。4時間半くらいかけて見たのだけれど、頭の中をもみくちゃにされたような気分になった。
多分、この「あまりに何でも描けてしまうこと」が、逆に国内で評価されなかった原因なのだと思う。奇想派ということで暁斎に先立つ若冲、蕭白などからは、「これを描いてしまわないと自分が壊れてしまう」ような妄執を感じるのだが、暁斎は何でも描けてしまうために本当に描きたかったことが伝わりにくいのではないか。
もうひとつには、暁斎に限らずこの時期の絵には、「明治期の“日本画”」という問題がある。西洋的な手法や画題がどんどん入ってきたこの時期の絵は“日本画”か“西洋画”か、何を評価の基準にするべきか、ということ。ついでに言うと、頑張って西洋の画法を自分のものにしようとしているところなので、妙ちきりんな作品もあったりする。その悪戦苦闘の様子が美術史的に面白いのだが、絵として良いのかどうかというのはまた別の話で、美的な評価は難しくなる。もっとも、そういう意味では暁斎はものすごく上手く、西洋の画法も自分のものにしてしまっているけれども。

暁斎が「死ぬほど描きたかったもの」が何なのかは掴み切れなかった。画題ではなくて、描くこと自体が目的なのかも。呼吸をするように絵を描く。何でもいいから描いてないと苦しくなる。そういうことなのかも。自分が下絵と雑記帖に夢中になるのは、そのせいかもしれない。箱根の滝のスケッチなんか、背筋が震えるほど良かった。
「何でも描けてしまう」という点で、自分にとっては暁斎と北斎って、同じカテゴリなのだ。北斎も自分にとっては掴みどころのない人。ただ、時代が早い分、(美的に)わかりやすい。北斎も、波だけ描いてある北斎漫画が大好きなのだ。
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2008年01月23日

美術展メモ

夢二と謎の画家・小林かいち 竹久夢二美術館 2008/1/3(木)〜3/30(日)
昨年夏に「いづつやの文化記号」さんで知った小林かいちの作品展を、東大近くの夢二美術館で開催中とのこと。アールデコ風のデフォルメが、かわいいきれいというよりも、格好良い!

西行の仮名 出光美術館 2008/2/23(土)〜3/30(日)
書と一緒に、宗達の下絵が色々見られるんじゃないかなーと。

浮世絵の夜景 太田記念美術館 2008/2/1(金)〜26(火)

ルノワール+ルノワール Bunkamuraザ・ミュージアム 2008/2/2(土)〜5/6(火)

プロダクション I.G 創立20周年記念展 杉並アニメーションミュージアム 2007/12/11(火)〜2008/2/24(日)

茶碗の美 −国宝・曜変天目と名物茶碗− 静嘉堂文庫美術館 2008/2/9(土)〜3/23(日)

永井荷風のシングル・シンプル ライフ 世田谷文学館 2008/2/16(土)〜4/6(日)

酔うて候―河鍋暁斎と幕末明治の書画会 成田山書道美術館 2008/1/1(火)〜2/11(月)
成田かい!遠いよ!

七福宝づくし 河鍋暁斎記念美術館 2008/1/4(金)〜2/25(月)

川瀬巴水展 江戸東京博物館 2008/2/19(火)〜4/6(日)
常設展示室内での展示のようなので、またがっかりすることになりそう…(泣)。
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2008年01月20日

「春のめざめ」展 山種美術館

せっかく出かけてきたので、西武新宿線で高田馬場から東西線に乗り換え。九段下から千鳥ヶ淵を歩いて山種美術館へ。

山種美術館の所蔵品は静物画・風景画が多いが、今回の宣伝のメインビジュアルは上村松園「春のよそおい」。他に「つれづれ」と、伊東深水「春」と3点の美人画があった。3点とも素敵だったが、「春のよそおい」がダントツに色っぽいと思うのは、これだけ指先が描かれているからか。どうも自分は指フェチらしいです。伊東深水「春」は、ないしょ話する着物の女性2人を、思い切って線と塗りをデフォルメして描いた作品。

新春らしく富士山の絵がたくさん出ていたが、以前にも見た小林古径「不二」が好き。茫々とした黒雲の上に、白くて丸い頭がぬうっと出ている。昔話っぽい。安田靫彦「富嶽」(空が白緑の方)も明るく晴ればれしていて好き。
小林古径は扇面の「松竹梅」も良かった。白・墨・金・赤。このまま帯の図案にしたい。古径の絵はとてもデザイン的だ。

吉祥の図ということで、1羽、2羽、3羽の鶴の絵が並ぶ。川端龍子「鶴鼎図」は3羽の丹頂鶴が首を寄せ合うラインが美しい。目つきが女性的。とっても美人な鶴達。

速水御舟は、「暗香」が格好良かった。墨を流した暗闇の中に、暗い赤の紅梅が咲く。突然ですが、時折読み返して反省する御舟の言葉。「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い。大抵は一度登ればそれで安心してしまふ。そこで腰を据えてしまふ者が多い。登り得る勇気を持つ者よりも、更に降り得る勇気を持つ者は、真に強い力の把握者である。」

第3室に松竹梅3幅があったが、それぞれ作者は別。作風は違うが、全体の構図はなかなかしっくりと納まっていた。左から、「梅」竹内栖鳳、「松」横山大観、「竹」川合玉堂。「竹」は初夏の印象。小さい雀がかわいい。

その他、好きなもの。
小川芋銭「農村春の行事絵巻」。漫画っぽいと思ったら、新聞や雑誌の挿画が本職の人だった。ユーモラスで活き活きしている。
松林桂月「春雪」。たらしこみの墨の笹の葉、赤い南天の実に、水っぽい雪が積もる。
林功「月の音」。満月の雪の林。静かに落ちる紅白の椿。なんとなく、菱田春草の「落葉」を思わせる。
石田武「早春賦」。墨色の林の奥に、白いコブシの花。石田武の絵は、家に飾って、風景の中に入っていく想像に耽りたくなる。

子年の「干支文字切手」の背景部分に使われている、渡辺省亭「葡萄」も出ていて、ネズミの小さい手が可愛かった。でも、これは秋の絵だね。

山種美術館のコレクションには好きな絵が多いので、いつ行ってもお得な感じがする(笑)。次は3/15から「桜さくらサクラ・2008」展。また花見に来ないとね。
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2007年12月09日

「夢二のうた」夢二郷土美術館

岡山にて午後の新幹線まで自由行動。後楽園の隣の夢二郷土美術館を見に行く。竹久夢二の描いた「セノオ楽譜」の表紙がずらり。この時代の歌詞がまた、いい風情なんだ。しかし、入口横のビデオルームから繰り返し「宵待草」が聴こえていたので、1日中歌が頭から離れませんでした(苦笑)。
常設展に「こたつ」と「一力」が出ていて嬉しかった。「加茂川」も好きな絵。着物や帯の意匠が実にお洒落だ。

夢二はいろんな小説に登場しますが、浅田次郎の『天切り松闇語り』に出てきた夢二が好きです。というか、「宵待草」のおこん姉さんが好きです。かわいい。
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2007年11月13日

「狩野永徳」展 京都国立博物館

10:30頃に着いたら、平日にも関わらず既に80分待ちの行列。日曜は同じ時間で120分待ちだったというから、まだマシなのか。今日は雨が降らなくて幸いでした。

日本画は2000年の若冲展@京都国立博物館(の図録)と辻惟雄氏の『奇想の系譜』から入ったので、狩野山楽・山雪は見ていても、狩野派の本流(?)に興味を持つには6・7年がかかったことになる。応挙を面白いと思うにも5年位かかったのだよね。ものに出会うための準備や時期ってあるものだなあと思う。

狩野永徳展と銘打ち、新発見・初公開の作品があるものの、永徳の真筆はやっぱり少ないので、半数は祖父・元信、父・松栄、息子・光信や狩野派工房の作品。永徳のルーツとその後の狩野派への影響と変化を辿る展示。大きな障壁画が多いので、有名な「洛中洛外図屏風」前を除けば、会場内は入口の行列の割には動きやすかった。

まずは「洛中洛外図屏風」のことなのですが、風俗には詳しくないので、金箔の雲について。雲のキラキラしさが、まったく嫌味・悪趣味でないのが不思議。雲の向こうに、京の都が大事に守られ保存されているような感覚。
で、この雲のために画面全体に妙な立体感がある。“妙な立体感”というのは、ほかの永徳作品にも言えることで、「檜図屏風」を見ていると、3DCGを見ている気分になる。写実的、奥行きというのとはまた違って、3DCGの何となく違和感の残る立体感を連想する。何でかなーと考えてみるに、ものが重なっているところで、手前をとても強調しているからではないかと。「洛中洛外図屏風」だと、建物の向こうから、人物の向こうから、松の枝の向こうから雲が湧きだしていて、雲のまた向こうに別の情景があるというのが繰り返される。雲の下に京の都があって、雲の切れ間から見下ろしているんじゃないんだよね。建物の描き方は鳥瞰図ではあるけれど、心理的に視点が低い位置にあるような感じ。だから広がりを感じるし、京の町並みが立体的に立ち上がってくるように思われるのではないだろうか。

狩野派工房は扇面画の制作を多く手がけていたそうだが、永徳自身は大作制作に忙しくて扇面画をそれほど描いていない。数少ない扇面画であっと思ったのは、扇面を意識した構図。
日本(や明・清)の扇面画は、基本的に扇の形状に合わせて湾曲した構図になっている。つまり、縦の線はだいたい扇の要に向かって一点透視となるように、水平線・地平線は扇面の端と同心円になるように描かれる訳です。永徳の扇面画もそうなっているんだが、一点透視に違和感がないようにやや俯瞰の構図で描かれているように思われる。うーん、気付かなかっただけで他の人のもそうなっていたのかしらん。

最後の展示室は「壮大なる金碧大画」と題して、「唐獅子図屏風」「老松図屏風」「檜図屏風」「松図襖」「老松桜図屏風」の大作に取り囲まれる。国宝の「唐獅子図屏風」なんて、絵柄はよく知っていてもこんなに大きかったのか!と吃驚する。圧倒されて小市民には落ち着きません(笑)。桃山!絢爛!豪放!ちゅー感じ。『芸術新潮』11月号の永徳特集にもあったように、群雄割拠して覇を競う時代だから描けた絵なんだろうな。画面に収まりきらずにどんどん突き抜けていくような構図が、江戸時代になると画面の中に品良く収まるか(探幽)、無理やりにも押し込めるか(山楽・山雪)されていく。絵は時代の空気でもあるし、絵師の内面でもあるし、そのバランスが面白いなあと思う。

出口の掲示で、2010年に長谷川等伯展開催決定とのこと。それも「お!」ですが、その前に来年4月8日(火)〜5月11日(日)には河鍋暁斎展があるですと! うわーん、お江戸・東京の絵師なのに、どうして京都でやるんだよー。京博が若冲、蕭白、ときて次は暁斎というのはわかりますけどね。もっと頑張ってよー>東京国立博物館、と思うよね。開催時期にちょうどアウェイG大阪戦が重なるとありがたいんだが。

余談。京博の花形学芸員と言えば狩野博幸氏だったが、『芸術新潮』を見ていたら、今年から同志社大の教授として転出されていたのね。後継の学芸員の方々が、同じように(それ以上に)面白い、良い展示を企画していってくれることを期待します。
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2007年10月20日

『仙香Eセンガイ・SENGAI ―禅画にあそぶ―』展 出光美術館

午前中に森美術館に行ってハシゴのつもりだったが起きられず。午後から出かけて納富さんと待ち合わせ。
仙腰a尚(1750-1837)は、江戸後期の禅僧。乞われて絵や書を書きながら、さも上手げに人に書き与える自分が恥ずかしいもので、ついつい笑ってもらうつもりで適当に書いたものがやっぱり上手い、という本人的には困った腕を持つお人。人物画が人の形を成してなくて二頭身・三頭身の何だか変な生き物になっているのだが、やっぱり絶妙のフォルムだし、愛嬌たっぷりで可愛らしいのだ。無意識にやってしまう筆の運びや墨の濃淡も素晴らしい。「○△□」のグラデーションも良いが、「出山釈迦画賛」のお釈迦様の衣のすそなんてぐしゃぐしゃっと筆をなすったようでいてほんとにきれいなグラデーションになっている。
旅先のスケッチも、力の抜け方がいい感じ。「宝満山竈門神社画賛」(年号なしの方)では、ここは霞ですよー雲ですよーなんだかわかりませーんとグルグル輪を描き連ねて空間を埋める。「箱埼浜画賛」は、満月が海に映ってキラキラしている様子を“」”を重ねて表して、ほとんど漫符のようになっている。
絵も魅力的だが、個人的には書が好き。すっごい適当で何にも考えてないのに、何このバランス、この気持ちよさ。しかも書いてある言葉は、超くだらないダジャレだったりする。あまりに自在過ぎて、嫉妬に駆られるなあ。
諧謔というよりは、はっきりとパロディの人であると思う(必ずしも決まった先行テキストがあるわけではなくて、もっと全般的な作品や精神性に対するパロディ)。人物や動物がキャラクター的だったり、新聞挿絵的であったりするのはそのせいだろう。江戸後期という時代は、やはり現代に近いのだ。

美術品として鑑賞するのは、仙高ウんの意図に背くんだろうな。変な爺ちゃんだなー(笑)と笑って見るのが正しいと思います。

※表示不可環境用メモ:「香iガイ)」は「涯」の旁部分。
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2007年09月28日

地下神殿見学

忙しいと書いたが今日は夏休み。makiさんと念願の地下神殿見学へ。
“地下神殿”とは、首都圏外郭放水路の調圧水槽のこと。利根川から江戸川が分かれるあたり、中川・綾瀬川流域の中小河川から洪水時に溢れた水を地下水路へ流し込み、江戸川に排水する施設が、首都圏外郭放水路です。大宮から野田線に乗って行ったので西の方のような気分でいたけれど、地図をよく見たら、東京駅の北くらいの位置だった。大きな河川に挟まれた低平地で、近年まで何度も浸水している土地。
初めに、調圧水槽と江戸川への排水機構のある龍Q館で解説を聞く。ガラスの向こうの隣りの部屋は半円形にモニターと机の並ぶ制御室。特撮の秘密基地のロケに使われているそうです(笑)。
河川から水を取り入れる立坑(内径15〜31.6m、深さ63〜71m)は、全部で5カ所(第1立坑は、調圧水槽への流入口)。立坑を全長6.3kmのトンネル(内径10.6m)でつなぐ。第1〜3立坑は平成14年から稼働して、現在までに30数回、取水・排水を行ったとのこと。稼働後は近隣で浸水していないとのこと。直近では9月12日の大雨のときに取水・排水を行った。調圧水槽からは、ボーイング737用のガスタービンエンジンでポンプを動かし、毎秒200m3(25mプール1杯分)の水を江戸川へ排出する。第4・5立坑も既に完成しており、今年度中にフル稼働を開始する予定。
もう、仕組みとか規模とか模型とかの説明を聞いているだけですごく面白い。楽しい。巨大建築物万歳。

30分ほどの解説の後、外に出て、調圧水槽の入口へ。116段の階段を降りて、水槽の底へ。調圧水槽は、縦177m、横78m、高さ25.4m。59本の柱で天井を支える。地上にはサッカーグランドがあります。水槽内も、よくロケに使われるそうです。
調圧水槽1

柱のサイズは人間と比較するとこんな感じ。
調圧水槽2

第1立坑の内壁。下の方で水音がしている。
調圧水槽3

夏場の水槽内は21度くらい。地上との気温差と湿気で、霧が発生する日もあるとのこと。今日も少しだけ靄っていた。冬は11度くらいなので、外よりずっと暖かい。霧も出ずに見通しがよいらしい。
とにかくでかくて、コンクリートだらけで格好良いのだ! こういう人の気配のしないモノを人が作ったというのにドキドキする。コンクリだけでなく金属モノも見たかったけど、タービンやポンプは精密機械なので普段は見学できません。第1立坑の階段だけで我慢我慢。これも相当格好良い。稼働前にトンネルも歩いてみたかったなあ。

地上に戻って、1時間半の見学コースが終了。パンフレットなどをもらって帰る。国土交通省の新人お嬢さんと徳川家康が江戸川の成り立ちを解説する『先人&新人の江戸川問答』が面白かった。利根川東遷事業って改めて凄い規模だな。江戸時代にこれをやっちゃうんだもんなあ…。

携帯のヘボ写真では魅力が伝わらないと思うので、こっちを見てください。
首都圏外郭放水路(施設紹介→フォトギャラリー)

次の目標はジオサイトに潜ること! またイベントが開催されるまで待つしかないか。
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2007年09月08日

「若冲とその時代」展 千葉市美術館

面白かったので長いのだ。

千葉市美術館がどこにあるのかと調べたら、千葉市中央区役所の中でした。公式サイトの解説:
建物を象徴するのは1-2階のさや堂ホールで、昭和2年に建てられた旧川崎銀行千葉支店の建物を保存・修復、さらに現代の文化活動に対応できるスペースとして改修されました。この市内に残る数少ない戦前の建物を包み込むように建てられた美術館は、平成6年に竣工、翌年の開館時より新旧の建物が一体となってユニークな文化創造の場を提供しています。

旧い建物の設計は、川崎銀行建築部。曳屋して改修したようです。面白いね。1階のさや堂ホールは円柱の並ぶネオ・ルネサンス様式、良い感じ。

納富さんと落ち合う予定で先に行き、併催の「都市のフランス、自然のイギリス」を見ていたが、書籍や新聞の小さな挿画が大量にあって見切れなかった…。あれは通わないと無理だ。
途中で切り上げて、下の階の「若冲とその時代」へ。納富さんと合流。両方見て800円、「若冲とその時代」だけだと200円。安い(交通費がかかってるけど)!

入口で若冲の鸚鵡がお出迎え。同じ白い鸚鵡を描いた絵は3枚あるが、今回のは正面向き。あとの2枚は後ろ向きで止まり木にとまっている。どこのかな、と思ったら、美術館の所蔵品だった。今回は、第2部を除く展示の多くが所蔵品。いいモノ持ってるなあ、いいなあ。

上の階でB5だのハガキより小さいのだのとコマコマした作品を見ていたのに、階下の最初の展示室にあるのは屏風絵。サイズのギャップに、つい笑ってしまう。第1部は「若冲の時代 みやこの画家たち」。
屏風で良かったのは、芦雪「群仙図」。右隻から左隻へ、雲に乗って大勢の仙人がやってくるのだが、右隻の奥の方などは下絵か?と疑うほどテキトーな線(笑)。実にテキトーに楽しく線描きしただけで、色も墨も塗らずに金砂子だけ散らしてある。でも、テキトーに描いたと見せておいて、仙人たちの顔にはちゃんと表情があるし、雲の下の波濤のうねりだとか、左隻の遠景の松の木だとかはやけに上手いのだ。一体どうして、誰に頼まれてこんな作品を描いたのか。不思議不思議。
芦雪はほかにも良いのがあって、「松竹梅図」三幅はとても格好良い。欲しい。濃い墨でぽってりと松竹梅を描いた上に、ほんの少しだけ緑や赤をたらし込む。
「花鳥蟲獣図巻」もかわいい。解説を見たら、曽道恰が手前の竹を描いて、芦雪は曽道恰の家に何度も通って酒を馳走になりながら、他の花とか子犬とか鳥とか虫とかを描いていったらしい。これまた成り立ちが不思議な作品だが、子犬がものすごくかわいくて、あとのことはどうでもよくなる(笑)。

芦雪とくれば応挙先生。応挙は「鉄拐蝦蟇仙人図」双幅が良かった。鉄拐仙人が吹き出した分身とか、蝦蟇仙人の頭に乗っかってきょとんとしているガマとか、妙にかわいいのだ。
屏風の「秋月雪峡図」は、若干すべり気味。左隻の雪峡図は雪の白さを目立たせようと黒い部分が黒過ぎて、やり過ぎな感じ。右隻の秋月図のふんわりした空気感は好きだ。月が地平線より下から昇ってきてるけど(笑)。
よくわからないのが「群鳥・別離・鯉図」三幅で、応挙に絵を依頼してこれが送られてきたら、自分だったら怒るだろうというシロモノ。弟子が描いたにしても、ヘタだなーと思う。鯉図だけは笑えるからいいけど。バビューン!と鯉がロケットに乗って滝登りしていきます。

呉春「漁樵問答図」ほのぼの。有名な人なのに、あまり作品を見たことがない。これから色々見られるといいな。
呉春の異母弟、松村景文がいくつかあったけれど、こちらはあまり好みでない。部分部分は上手いが手元しか見てないようで、手を抜く/描き込むの全体のバランスが悪い。近代日本画のよくわからない構図のルーツみたいな感じ。

岸駒・岸岱親子が1点ずつ。岸駒「鶴図」、水っぽい雪の積もった重たい感じ。岸岱「群蝶図」、金刀比羅さんのは金箔に描かれて華やかだったが、これの背景は薄い青のグラデーション。少し寂しい静かな絵。こういう“力の抜きどころ”を知っている丁寧さなら良いのよ。

曽我蕭白が3点。これがすさまじく良かった! 「竹に鶏図」は大きな掛け軸なのに、蕭白が描くと画面が小さく感じる。うりゃーっと力技の尾羽。立派な蹴爪。
「山水図(林和靖図)」も良かったが、何と言っても「虎渓三笑図」! 霞のたなびく横線、斜線とカギ型を連ねた岩山、縦に白くまっすぐに降りてくる滝。線にあふれているのにうるさくならない。蕭白の山水画は、とてもメタリックで静かだ。格好良いのよ。メタルプレートに彫ってほしい。

第2部は「若冲の時代のハイカラ趣味 南蘋派の画家たち」。
南蘋派にしてはあまり病的でないなーという感じだったが、南蘋派全盛から少し時代の下った岡本秋暉が良かった。白い花を描くのに緑を混ぜてみたり、普通は白やピンクで描くだろう牡丹を紺色にしてみたり、色遣いが面白い。
あと、諸葛監「受天百禄・群仙祝寿図」が、ちっとも南蘋派らしくないのだが、デッサンの狂い方とか妙な構図とかが変で面白かった。劇画を見て間違った筋肉の描き方を覚えてしまった人、みたいな。トンデモすぎて逆に素敵だ。

最後の第3部が「そして若冲 色に酔い墨に浸る」。
いちばんは「寿老人・孔雀・菊図」。なるほど若冲という画題で、ちょっと面白い構図でラフに描いて、実は筋目描きが細かくて、という見慣れた感じの絵だが、3幅並べた雰囲気がとっても良いのだ。床の間に描けたところを見てみたい。「雷神図」も好き。どうっと吹いた大風に、雷さまも転がったような逆立ちした構図。手ぬぐい作ってほしい。
最後を締める「月夜白梅図」は、若冲のこの画題にしては素直な絵。満月にあまり梅の枝が重なっていなくて、左上の空間が空いているせいか。バークコレクションや動植綵絵の同画題では、もっと梅の木がうねうねと画面を侵食しているが、こちらの梅の木はまだ植物である。家に飾るならこれですね。

「若冲とその時代」って、いかにも流行りに乗ったようなタイトルだなあと斜めに見て出かけたが、思いのほか面白い内容だった。それにしても、千葉市美術館はいいモノ持ってるなあ、いいなあ。
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2007年08月15日

『京都五山 禅の文化』展 東京国立博物館

父母が北海道旅行から戻ってきたので、夏休みを取って芝居でも、と思ったが、父は空調で風邪をひき、今日は寝て過ごすと言う。では博物館にしておくか、と母と上野へ出かける。猛暑でも上野は人が多いね。博物館美術館は、涼みに行くにはちょうどいいよね(笑)。

京都五山とは、中国に倣って京都の大寺に格付けを行ったもので、第一位・天竜寺、第二位・相国寺、第三位・建仁寺、第四位・東福寺、第五位・万寿寺と、その上位の五山之上・南禅寺を指す。禅は13世紀に南宋から伝わり、既存勢力の密教や天台宗と折り合いをつけつつ京都で足場を固め、足利将軍や支配者層の後ろ盾を得て次第に禅宗として興隆していく。
前半は、禅僧の坐像、肖像画、遺偈(末期の書)、袈裟、天皇・将軍からの書簡等。このあたりは予習不足でフーンという感じで…。目当ては後半の「五山の学芸」「五山の仏画・仏像」です。
普通の美術展と比べると、入っている賛の量がとても多かったのが面白かった。絵だけで完結しない作品というか、この場合「作品」という概念がないのかも。絵師がお題(絵)を出し、それに対して何人もで返答(賛)を出してひとつのイメージを構成していく。楽しい交友の場を作るための遊具なのだと思う。見返して、あのときは楽しかったねと言うための記録。
国宝の「破墨山水図」(雪舟等楊筆 自序、月翁周鏡等六僧賛)は、すっすっとラフに描かれた小品だが、ハッとした。何か、発しているものが違う感じ。
つい、若冲のルーツを探してしまう。明代の文生「鳴鶴図」の波濤、くるくる巻いている。南宋の陸信忠「十六羅漢図」の岩、穴あき具合と草間弥生チックな模様。どちらも相国寺蔵だ。このあたりの絵は、若冲も見たことがあったかもしれない。

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帰りに常設展を見たら、川瀬巴水東京十二題」があった。明治後期からの画家による「自画・自刻・自摺」の版画制作に対して、大正初期に起こった画家・彫師・摺師・版元の伝統的な共同制作を見直そうという新版画運動に加わっていた人、「昭和の広重」。この人の版画は、色の感じがとても好き。
9月以降、東京でも川瀬巴水展をやるのね。見に行かねば。

■土井コレクション 川瀬巴水木版画展
 礫川浮世絵美術館
 2007年9月1日(土)〜25日(火)

■特別展「川瀬巴水、没後50年」
 大田区郷土博物館
 2007年10月21(月)〜12月2日(日)

■江戸東京博物館
 2008年2月19(火)〜4月6日(日)
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2007年08月05日

「大谷コレクション肉筆浮世絵 美の競演−珠玉の浮世絵美人」ニューオータニ美術館

午後、赤坂見附へ。うだりつつニューオータニへと坂を登っていくと、この気温でも弁慶堀でバス釣りしている人がいた。ウィードが大量に茂っていて、水辺は余計蒸し暑そうに見えるが、それなりに風は通るのかな。

今回の展示でいちばん好きなのは、宮川長春「小むらさき図」。入口あたりから見渡して、すっと目が引きつけられた。遊女と禿の立ち姿で、割と地味な色味の作品なのだけれど、雰囲気がとっても良い。顔が好みというのもさることながら、全体がとってもかわいらしい。松野親信「見立紫式部図」も顔が好き。ふっくら頬に切れ長の目。裾の描き方などを見ても、この辺りの人たちは何となく懐月堂派の影響があるみたい。
猫のいる美人画が2点。川又常行「花見美人図」と勝川春章「立姿美人図」。「花見美人図」は遊女が猫に紐つけて散歩させている。
その他好きなもの。喜多川歌麿「美人と若衆図」。丸の中にそれぞれ顔だけ描かれていて、インテリアデザイン的。菱川師宣「紅葉狩図」。菱川派の中では、師宣の描く顔がいちばんきれいだと思う。歌川国長「美人立姿図」は、長身というよりでっかい美人で、歌舞伎の女形なのかなーとか。
展示の最後に鈴木其一「吉原大門図」と河鍋暁翠「地獄大夫図」。其一の次女お清が暁斎の奥さんで、暁翠は暁斎の娘。お爺ちゃんと孫娘の作品です。其一のこういう賑々しい風俗画は見たことがない。珍しいのかも?

あちこち寄り道して買い物。うっかり浴衣売場に足を向け、あれこれ合わせてもらった末に結局買わずに帰る。既成品は裄が足りん…。
浴衣は伝統柄、と思っているが、キモノスイッチのコレは欲しいのだ。妖怪!
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2007年07月29日

「アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌」展 国立近代美術館

午後、急に思い立って竹橋へ。
写真はまったく知識がなくて、ブレッソンについてもマグナムの一人だったことしか知らなかった。2号ほど前の『Pen』の特集で、初めてまとめて作品を見て興味を持ったのでした。
主に、ブレッソンが旅した様々な地域、1950年代のヨーロッパ、ポートレイトに分けた展示構成。一つの地域について、数年〜10数年の時間をおいて再訪し、そこに変わらずあるものを探ろうとしていたみたい。各地域の写真は、年代を取り混ぜて展示されているのだけれど、ぱっと見て、時を置いて撮影された情景とは気がつかない。その場所のエッセンスを掴み取る眼の確かさを感じる。
構図が本当に素晴らしい。普通の街中から、どうやってこの場面を見つけ出すのか。彼の最初の写真集のタイトルは『決定的瞬間』と言う。まさに。何でもない広場に、建物の影が落ち、通り過ぎる人が現れる。その一瞬。撮る人が、どんな眼を持っているのか、何を見ているのかがこんなにはっきりわかってしまうなんて、恐ろしい。技術じゃないんだなあ。自分の眼を曝け出しているから、作品たり得るんだなあ。
会場の一角にヴィンテージプリント(最初のプリント)の展示もあった。退色しているということもあるだろうが、それらと比べると新しいプリントはちょっとコントラストが強くてシャープすぎるようにも感じられる。現代向きのプリントなのかな。
写真集はまたそのうち買おうと思って、とりあえず図録を購入。写真展の図録って、実際に直接プリントしたものを見ているので、どうしても画質が悪く感じられるが、この図録は割ときれいに作られていると思う。でも、展示作品の一部のみ掲載でちょっと残念でした。

見ている間に雷が聞こえていたが、外に出たらすでに雨は上がっていた。買い物して家に着いた直後に再び雷が鳴って土砂降りになった。傘を持って出なかったのに、ラッキーでした。
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2007年07月18日

「館蔵品展 江戸の粋」大倉集古館

そのまま銀座線で大倉集古館へ。若冲の「乗興舟」を見に行く。
実物を始めて見たのだけれど、白い部分は摺り残しではなくて、胡粉で摺ってあったのか! あらかじめ紙の方に何か撥水性のあるものを塗っておいて、墨は染み込まずに乗るだけにして、ざらざらのテクスチャを表現しているのかな。全部広げてみると、ぼかしの変化のリズムがずーっと遠くまで続いて、とても気持ちがいい。場面ごとに大典禅師の讃が入っているのだが、すごく格好良い言葉のこともあれば、馬鹿馬鹿しい内容のこともあって、二人で楽しんで作った感じがする。旅の思い出アルバムなのだ。
ほかの作品では、「瀟湘八景書体」佐々木文山が格好良かった。漢詩をいろんな書体で書いた書体見本のような書。ああ、いい字を見ると習字がしたくなる(…とずっと言ってるだけだなあ)。
作者不詳の「百鬼夜行図」は、百鬼夜行というよりお伽草紙とか鳥獣戯画のような作品。ちょっと「百鬼夜行図」のフォーマット(?)からは外れているような。

新宿で納富さんと別れた後、目白駅のロッカーから荷物を取り出し、フットサルへ。充実した一日でございました。
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「歌川広重《名所江戸百景》のすべて」東京芸大美術館

地下階の隣の展示室では、芸大コレクションから「名所江戸百景」全点の展示も行われています。ニューオータニに後期を見に行けなかったので、ついでに見て行くことに。
ついで、と言うが、これだけでお腹いっぱいになるほどの展示。何せ、目録も入れると全部で120点ある。2004年から2年かけて、貼込帖から1枚ずつに剥がして修復したとのこと。すべて初摺りという訳ではないようだが、かなり状態が良い上に、「大はしあたけの夕立」の試し摺り(右下に、通常版にはない舟がある)のような変わったものも含まれている。おおよそ制作順の展示順なのかな?
「名所江戸百景」は、1点ずつだと絵として面白くない(というか、これは一体何なんだ、みたいな…)ものもあるが、まとめて眺めるとやっぱり構図が上手いなあと思う。単なる名所絵ではなく、今で言えばフォトニュースだという説もありますね。『謎解き広重「江戸百」』(原信田実/集英社新書)は面白いです。

余談ですが、「名所江戸百景」については、こういうことをやっている方がいらっしゃいます。江戸時代を3Dで視覚化している「江戸暦」さん。こういうの大好き。


関係ないけれど、見終わってショップを見ていたら芸大グッズがいろいろ置いてあって、中でも面白かったのが、高橋由一の新巻鮭を立体にしたペンダント! こんぴらさんにある高橋由一(厚揚げとか豆腐とか)が来てなくて残念だったが、これでちょっと満足(笑)。
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「金刀比羅宮 書院の美―応挙・若冲・岸岱―」東京芸大美術館

休みを取って納富さんと“上野へシュラシュシュシュ”なのです。
金刀比羅宮の奥書院には、2004年秋の公開の際に行ってきた。表書院は畳の上にシートを敷いて、各間の中に入って見ることができたが、奥書院は廊下から眺める形。作品保護のため照明も暗かったので、奥書院はあまりしっかり見られなかった。ただ、狭い空間にぎっしりと絵が詰め込まれていて、そこで普通に生活をしていた気配も感じられて、不思議な気分になった。
表書院が、応挙の鶴の間、虎の間、七賢の間、上段の間と山水の間。奥書院が、岸岱の菖蒲の間、柳の間、春の間と、若冲の上段の間(花丸図)。おおよそ、実際の建物内での配置に合わせて展示されています。襖の表裏をはがして別立てにせず、そのまま持ってきてあるからね。襖は実物だが、奥書院や山水の間の壁の部分はさすがに持って来れないので、複製が張られています。キヤノンの大判インクジェットプリンタによる出力とのこと。そんなわけで、奥書院の半分以上は複製品による展示。まあ、これは仕方がない。ここは、プリンタの出力品質に感動するところでしょう。

応挙は、何と言っても虎の間。どう見てもでっかい猫。ぶっとい脚に丸い頭、ふかふかの毛並み。水飲みの虎の子供の方は、こぐまみたい。正面右の八方睨みの虎は、顔だけすげ変えたら応挙お得意のてれんと座った子犬のポーズをしている。なぜか1匹だけ豹も混じっているが、知らん顔して寝ているのが可笑しい。お気に入りは、向って左にいる白虎。フーッと、ちょっと警戒気味なのがまた可愛い。応挙って、可愛いものを素直に可愛く描くよね。鶴の間の鶴も、妙に脚が短くてずんぐりして見える。これを描いたとき、応挙の中で可愛いものブームだったのだろうか(笑)。虎の間の背景も、虎に合わせてあまりリアルにせずに、ちょっと絵本っぽく仕上げてある。
七賢の間では明治34年に七賢の顔に墨が塗られる事件があり、修復の痕が残る。顔は本当に繊細に描かれているのだが、衣服はなんだか気合いの入らない線。背景の竹林は、奥の竹が霞んで見える表現が素晴らしい。金砂子の霞も的確。衣服の線だけ浮いている感じがする。七賢の間の襖を開くと、隣の(さらに隣の)上段の間の深山の滝が見える、という趣向。

奥の展示室に進むと、奥書院の展示。岸岱の菖蒲の間、柳の間、春の間も、元は若冲の絵だったのだそうな。二の間に山水図、三の間に杜若図、広間に垂柳図だったというから、菖蒲の間(←杜若図)、柳の間(←垂柳図)、春の間(←山水図)かな?
岸岱はそれほど数を見ていないが、生真面目に一所懸命描く人だなあという印象。父の岸駒の方は、もっと豪快。この親子はまとめて見てみたい、と以前から何度も書いているが、多分あんまり需要が無さそう…。岸岱の3つの部屋も、やっぱり一所懸命描いてあるので、部屋の調度としてはどうだろうと思わないでもない。柳の間の、右手から風が起こってわさわさーっと柳の葉がなびく感じとか、春の間の超少女趣味のピクニック気分とか、すごく好きですが。ちょっと落ち着かないよね。
もっとも、その過剰な感じは若冲の絵にもあるので、奥書院は元々ものすごく濃密な装飾がなされていたとも言える。上段の間も、規則的に並べられたたくさんの花が部屋中ぎっしりと埋めつくし、取り囲まれる。奥書院って、別当の私的居住空間のはずなのだが、当時の別当宥存はこういうぎゅーっと濃縮されたインテリアが好きだったのでしょうか。装飾目的の花の絵であっても、葉っぱの端は茶色く枯れているし、虫食いの穴は開くし、枝は交差しまくるし、ヒゲはぐるぐる巻くのが若冲らしい。複製部分は、どうしても撮影時に金が光ってしまって、肝心の絵が見えづらい。残念。

ところで、虎の間の襖絵には、制作から70〜80年後に別の絵師によって金砂子が撒かれたのだそうで、そのときに上段の間の花丸図にも全面に金砂子が撒かれたという説もあります。その絵師、中川馬嶺は、天保15年(1844年)に上段の間床の間天袋の小襖裏面に水墨山水図を描いているとのこと。上段の間の金砂子は、きらびやかだが花丸図が埋もれてしまって不要だなあと思うので、もし後世に追加されたのなら残念ではあるが、でも、その時代にその場で普通に暮らしていた人にとっては、美術品というよりも生活や交渉の場のインテリアだったのだから、自分が良いと思うように手を加え(させ)るのも有り得ることかなーとも思う。

元の展示室に戻って、表書院の上段の間と山水の間。上段の間が一段高くなっていて、諸大名来訪の際の座席になる。一段下がったところが山水の間。上段の間の床の間から滝が流れ出て、右手には川岸に建つ楼閣、振り返ると山水の間の襖に山裾の方の人家が見えるという構成。滝のそばに立って、山の下を眺める感じになる。柳の間もそうだけれど、障壁画って、それに取り囲まれてみないと絵師の意図はわからないなあ。実際の間取りに合わせて配置した今回の展示は、非常に上手いと思う。

隣は、時代は下って明治期の邨田丹陵による富士一の間と、富士二の間。一の間は、床の間に雪をいただく富士山、周りにぐるりと富士の稜線が続き、松原が広がる。二の間は、富士の裾野での巻狩りの情景。一の間は気持ちいいのだが、二の間は狩りたてられる鹿がリアルで、かわいそうになってくる。この部屋も落ち着かないなあ(苦笑)。

この他、地下の展示室で、金刀比羅宮に奉納された絵馬や大祭の様子を描いた屏風、寛政・慶応の頃の菱垣廻船の模型などを展示。流し樽もあった。おお、ワンピース(違う)。
こんぴらさんには宝物館に芦雪の鯉の絵などもあったのだが、そちらは来ていませんでした。

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「金刀比羅宮 書院の美」展は、この後2007年10月1日〜2008年1月31日には金刀比羅宮に戻り、表書院・奥書院あわせての公開が行われます。また行ってくるかなあ。
奥書院の公開について(金刀比羅宮公式サイト)
「金刀比羅宮 書院の美―応挙・若冲・岸岱―」公式サイト

書院閉鎖のお知らせ」の「旅に出ます」の虎がかわいい。
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2007年05月29日

福田平八郎展 京都国立近代美術館

昼を食べて京都国立近代美術館へ。
福田平八郎というと、これまで可愛らしい小鳥の絵をよく見ていたが、今回は魚、特に鯉と鮎が多かった。釣りが趣味だったのだね。鯉の絵は、制作時期に関わらず、同じ構図のものが多かったが、鮎の絵は実に様々。釣りを始めたばかりの頃の絵は、清流に群れ泳ぐ様子が生き生きとしているものの、妙に細長くて別の魚のようだが、実物を見なれてくると形を単純化しても鮎に見える。
あいにく、代表作のひとつである「漣」の展示は前期で終わっていて、複製のパネルのみだった。しかし、その前に描かれたさざ波のスケッチがどれも素晴らしい。鮎や風景、落ち葉、瓦屋根、色々な習作スケッチも展示されていて、他のページも見たくてたまらなくなった。いくつかの作品には作者のコメントが添えられていて、読みながらのんびりと見て回った。
水の中の丸い石、うっすらと庭に積もった雪、竹の表面の模様、瓦屋根に雨がポツリと落ちたところ、など、何でこんなものを?と思うようなテーマが、とても気持ちの良い絵になるのが不思議。意味や思想ではなくて、ただ、自然にあるものがきれいだと思って、きれいだと思った感覚をそのまま形に残そうとする。シンプルにシンプルに、ただ、そのモノの印象だけを取り出す。素直な絵だ。
画風は年とともにどんどん変わっているのだが、どの時代の作品も好き。初期のものの中では、「春の風」は珍しい人物画。桜の花びらの中に座る女の子は指先が赤くなっていて、まだ寒いんだろうなと思う。肌の部分に青みが入って、色白さを強調する。「游鯉」の水の底の鯉を表現するぼんやりしたにじみ。山種美術館で見た「牡丹」の屏風もあった。一見、咲き誇る牡丹のようだが、盛りを過ぎて萎れ、散りかかる花まで克明に描かれているので、恐ろしいような感じがする。
次第に日本画らしい日本画から離れていって、マチエールにこだわり始める。「新雪」の陽が射せばすぐにも融けてしまいそうな雪の表。飛び石の盛り上がり。「清流」では、水底の石だけでさらさらした水の流れが感じられる。つやつやした赤い盆に乗せられた「桃」のやわらかさと透明感。「春雨」の光る水たまりに生まれた波紋。
晩年はマチスやゴーギャンのようなシンプルな形と原色が目立つようになる。鳥の絵も増える。竹に雀、シダに雉、カラーに鸚鵡。

松本大洋に似ている、というより、松本大洋が福田平八郎に似ているという方が正しいが、いつも、色の使い方やどこをデフォルメするか、取り出すかという感性(?)が近いと思う。どうでしょう?
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伊藤若冲展 承天閣美術館

9時半頃に今出川の承天閣美術館へ到着。会場時間を9時(?)に早めたようで、並ばずにすぐ入れた。第一、第二展示室の逆行は不可とのことだったので、混雑だが最初からゆっくり見て行く。
今回新たに発見されて初公開の「厖児戯帚図」。犬の顔が面白い、という以外、禅画はよくわからん(笑)。初期作品(?)の「松樹群鶴図」は狩野派風、「牡丹・百合図」は沈南蘋風。いろいろ模索していた時期か。「松樹群鶴図」の松の木は一見普通の狩野派の描き方だが、枝が無暗に交差している。「牡丹・百合図」には病葉があったり、「百合図」の方には蜘蛛の巣が張って虻や蝸牛がいたりする。
画風が確立されてくると、手の向くままという感じ。「竹虎図」と「芭蕉図」は、それぞれ大典禅師(梅荘顕常)の画讃との双幅。描かれたものよりも、むしろ、ざあっと吹き荒れた風がテーマ。前足を舐める虎のポーズはプライスコレクションの「猛虎図」と同じだが、こちらの方がひょうきんな顔をしている。物販に「竹虎図」のトートバッグがあったので、買ってきました。図録2冊+芝居のパンフを入れて、この日大活躍だったよ。
その他、水墨画で好きなもの。真向きで首を下におろした「芦雁図」。雁の胴体の形がきれい。「エイ図」、エイの字が出ないや。エイを描いた日本画なんて初めて見た。「鯉図」3幅、踊ってます。「龍図」、若冲の龍は胴体や鼻先が妙に細くって、タツノオトシゴみたい。虎も龍も怖くないのが良い。「玉熨斗図」は、どーんと太い線で豪放一気に描いたかと思えば、打出の小槌の胴には筋目描きで慎重に木の年輪が描き込まれている。「亀図」もしっぽの大胆さに対して、亀の甲羅が筋目描き。思うに、「動植綵絵」のような絹本の細密画を描く一方で、筆の遊ぶまま描いたというようなスピード感・ライブ感の伝わる水墨画もあって、それでバランスが取れていたから長命だったのかなーとか、妄想。
鹿苑寺大書院障壁画は、各間の襖を横にずらっと並べた展示。通路が狭くて離れて見られないのが残念。「月夜芭蕉図床貼付」と「葡萄小禽図床貼付床の間」のみ床の間がガラスケースに再現されていたので、多分改装前と同じようにこの2つは常設(?)になるのでしょう。「葡萄小禽図…」の方に、行燈風の照明があって明かりが揺らめいていたのは良い感じだった。葡萄の間も素敵だが、芭蕉の間が好きだなあ。大典さんが芭蕉好きだから芭蕉を描いたのかしらん。水墨なのにトロピカル。バリ風のインテリアを置きたくなる。以前見たときにも書いたけれど、「芭蕉叭々鳥図襖絵」の叭々鳥は、床の間の満月を見ているのだ。「竹図襖絵」は、大書院の入口にあたるところに置かれたもの。ここにいきなりこんな不思議な絵を描いてしまうあたりに、この仕事についての若冲の意気込み(稚気かな)を感じる。

さて、第二展示室へ入るまでに、廊下で10分ほど順番待ち。ポスターによれば、7/31(火)〜9/9(日)、東京国立博物館にて「京都五山 禅の文化」展開催、と。チェックチェック。

第二展示室は丸ごと、「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅。入口から向って正面に「釈迦三尊像」があり、正面左右に3幅ずつ、左右壁面に12幅ずつの展示。ぴったり収まるサイズに感動。まずは「釈迦三尊像」の細密極彩色をかぶりつきで見て、手を合わせる。気になる並びは以下の通り。
00釈迦三尊像
01老松白鳳図老松孔雀図
02牡丹小禽図芍薬群蝶図
03梅花小禽図梅花皓月図
04向日葵雄鶏図南天雄鶏図
05秋塘群雀図蓮池遊魚図
06棕櫚雄鶏図老松白鶏図
07雪中錦鶏図雪中鴛鴦図
08芙蓉双鶏図紫陽花双鶏図
09梅花群鶴図老松鸚鵡図
10芦雁図芦鵞図
11桃花小禽図薔薇小禽図
12大鶏雌雄図群鶏図
13貝甲図池辺群虫図
14紅葉小禽図菊花流水図
15群魚図(鯛)群魚図(蛸)

左右の対応については割りと予想と合ってたか。「群魚図」2幅は、両方向って右(魚がお釈迦様へ向かっていく)に置いて、「貝甲図」「池辺群虫図」あたりと対応させるのかと思ったのだけれど。あと、「向日葵雄鶏図」は「芙蓉双鶏図」とセットで、朝顔と芙蓉の縞が対応かと思っていたが、鶏の方を見れば雄鶏同士と番い同士でこの方がいいのかな。
お釈迦様の左右(01)が「老松白鳳図」と「老松孔雀図」なのは、文献により確実。02が「牡丹小禽図」と「芍薬群蝶図」なのは、牡丹は花の王、芍薬は花の宰相だからだそうです。
各絵の感想は三の丸のときに書いたし、今回はとても自分のペースで見られるような状態ではなかったので、全体の感想を。全部合わせて1つの曼荼羅なんだな。曼荼羅の細部を拡大すると、パラノイア的に細かいが、全体を見ると単純な円を組み合わせたデザインになる。「釈迦三尊像」と「動植綵絵」もそんな感じ。お釈迦様によって生かされる、絢爛たる動植物たち。四季の変化と、生まれて朽ちる時間。やっぱり曼荼羅だと思う。

屋外の物販で買い物して出てみたら、70分待ちの行列になっていた。まだまだ続々と人が来る。
会期の短いのが本当に残念。もっと長く展示期間があればこれほど混まなかったかも…と思ったが、今の若冲人気を考えればずっと混雑したままかもしれん。江戸時代にも、ご開帳のときには門前に市を成したそうですからね。せめて、数年ごとくらいに承天閣美術館での展示が恒例になればいいなあ。三の丸でも小出しでよろしく。

御所の中を通り抜けていたら、こういう松がたくさんあった。
kyotogyoen.jpg
狩野派的でない、若冲オリジナルの松の描き方って、こういう枝だよね。どこから出てきたイメージなのかと思っていたけれど、ちゃんと実物があったのか。
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2007年05月19日

若冲展のための予習

承天閣美術館へは、月末に行く予定。朝イチ京都→若冲展→(福田平八郎展→)『コンフィダント・絆』→バスで朝東京、の予定。馬鹿です。

承天閣美術館には、2001年9月の『大典禅師と若冲』展を見に出かけた。このときは、承天閣美術館、相国寺にある若冲の墓、錦小路、石峰寺の五百羅漢像と若冲の墓、と、ゆかりの場所を一巡りする旅行だった。石峰寺でもらった資料に、若冲の天井画が今は信行寺に寄贈されているとあったので行きたかったのだが、非公開のお寺だったので断念。この天井画については、昨年『若冲画譜』(芸艸堂)が出版されている。

『大典禅師と若冲』展では、鹿苑寺大書院の障壁画が、間取りを再現して展示された。釈迦三尊像や伏見人形の他の若冲作品は、主に水墨画が中心。また、“若冲”という居士号を撰名した大典禅師の墨蹟等。

若冲(1716-1800)は、家業や世俗の愉しみに関心を持てず宝暦5年(1755)に40歳で隠居し、以後85歳で没するまで作画三昧という人。若冲より3歳下の大典禅師(1719-1801)も、当代きっての高僧として知られていながら、禅学・文学の研鑽を積むため、役職につかずにあちこち転々としていた人。安永8年(1779)、60歳でようやく要請を受けて相国寺住持となった。2人の出会いは宝暦2年(1752)頃。好きなことに思う存分打ち込みたい、という共通の思いがあって、親交が深まったのだろう。

鹿苑寺大書院障壁画は、宝暦9年(1759)、若冲43歳のときの作品。隠居から間もない時期。独学に近いまだまだ無名の絵師が、こんな大寺の障壁画を描くことができたのは、大典禅師が斡旋したため。大典禅師の弟子が鹿苑寺に入寺し、その記念に制作されたのだ。ちなみに鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の境外塔頭。

「動植綵絵」には、この前年の宝暦8年(1758)頃から制作に着手したと思われる。明和2年(1765)、「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」24幅を相国寺に寄進し、永代供養の契約を結ぶ。その後、明和7年(1770)に「動植綵絵」の残り6幅の寄進を完了。先に24福を寄進したのは、直前に末弟を亡くしたためと推測される。また、明和7年は父の三十三回忌にあたる。相国寺との永代供養の契約については、寛政3年(1791)に解除されている。これは、天明8年(1788)の大火によって、若冲の生家・隠居所・相国寺どころか当時の京市街ほとんどが焼失し、家計が困窮したため。大火以降、若冲は石峰寺門前に移住し、絵を売って生計を立てるようになった。絵一点を米一斗の値で売ったことから「斗米庵」と号している。大火以前から下絵を作成して羅漢像の石仏を石工職人に造らせ、石峰寺に寄進している。約10年かけて、石峰寺の裏山にかわいらしい石仏群が完成した。

時代は下り、明治になって、廃仏毀釈の影響で臨済宗相国寺派大本山たる相国寺も疲弊、存亡の危機にあった。復興のため、「動植綵絵」30幅を皇室に献上し、一万円を下賜される。現代の価値に直せば、数百億円。これで1万8千坪の敷地を維持することができた。相国寺ではこれに感謝して、毎年、若冲の命日に近い9月15日に全山出頭しての斗米庵若冲居士忌を修行し、各塔頭の朝課の回向においても斗米庵若冲居士の戒名を読み込んでいる。

今回、120年振りに「動植綵絵」が相国寺に、というよりもむしろ「釈迦三尊像」の両脇に帰ってくる。30幅の極彩色の絵は、お釈迦様を讃えるために描かれたのである。相国寺では、昭和59年に承天閣美術館を建設する際、33幅の絵がちょうど収まるように展示室を作成し、いつか里帰りするかもしれない機会を待っていた。120年の後の、わずか22日間。見にいくしかなかろう。

今回は若冲展なわけだが、大典禅師の書も、また見たい。きちんと整っているのにやわらかくて伸びやかで、気持ちの良い字だったのですよ。一代の碩英と、ひたすら絵に打ち込む朴念仁。いい師弟、いい友達だったんだろうなーと。

参考リンク:
若冲展 公式サイト
学芸員に聞くみどころ:若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵120年ぶりの再会(NBonline)
「若冲展」(弐代目・青い日記帳)
相国寺承天閣美術館の若冲展 その一(いづつやの文化記号)

30幅の並び順はこれから予想するので、3番目はまだしっかり読めないのだった…。

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いきなりどうしてこんなレポートを書いているのかというと、休みだというのに職場のサーバがお亡くなりになり、復旧に出てきているから。フォーマットもインストールも時間かかって暇なのだー。終わったので帰ります。
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2007年05月12日

『江戸の四季−広重・名所江戸百景−』ニューオータニ美術館

今回の「名所江戸百景」は、栄光教育文化研究所所蔵のもの。ちょうど復刻版画の摺りの実演が行われる日だったので、前期展示を見に出かける。当日券は700円、前・後期の共通券は1000円也。
着いたら、もう午前中の実演が始まっていた。イベント案内では11時〜と14時〜の2回(各1時間半位)となっているが、1日かけて1枚の作品を刷り上げるようです。今日のお題は「浅草金龍山」。摺師は鉄井孝之氏(浮世絵彫摺技術保存協会理事長、江戸木版画伝統工芸師)。途中でいろいろ説明を受けたり、質問することもできます。
「浅草金龍山」の版木は、全部で6枚。裏表にそれぞれ別の版が彫ってある。1つの版面を色によって一部分だけ使ったり、同じ版面を使って色を重ねたりするので、数えるのを忘れていたが出来上がりまでに20版以上になる。
やはり感動したのは、ぼかしの部分。ぼかしは広重のトレードマークとも言えるが、これを実際に表現しているのは、まったくの摺師の技巧による。版木に傾斜を彫り込んであるわけではなく、平面の部分に水を含ませて色を置き、膠を置き、雑巾で余分を拭き取る。これでぼかしが表現される。手間がかかるので、売れた後の後摺りになると、ただのベタに手抜きされていたりもする。どの摺りを見たかによって浮世絵の印象が全然違ってしまうのも道理だ。どれが正しい、と言えないいい加減さやライブ感がまた面白い。

展示の方は、大半を間近で見ることができます。遠景の細かい人物達が、単純な線なのに何をやっているかわかるのがすごい。1室だけショーケース越しで遠かったのが残念。この部屋では、「名所江戸百景」と、描かれた地点の現在の写真をスライドで比較できるようになっていたが、版画の構図と同様の景色が残っているのは「浅草金龍山」だけです。建物どころか、地形ですらずいぶん変わっているものね。

摺りの実演は、6月2日にもう一度行われます。また行こう。
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2007年04月14日

「動物絵画の100年 1751-1850」府中市美術館

午後から府中の森の中の府中市美術館へ。残念ながら前期は見逃してしまった。
政情が長く安定していて、中国絵画・西洋絵画が民間にも広まって、博物学的な興味も高まって、という18世紀後半から19世紀前半には、様々な意図・趣向で動物絵画が描かれるようになった。それを集めて眺めてみようという企画展です。
大きな目当ては、若冲と蘆雪。若冲「隠元豆・玉蜀黍図」双幅は、輪郭線を描かない没骨法で描かれた作品だが、それだけでなく、わざと水っぽいにじみを避けて、石碑拓本のような枯れた雰囲気に仕上げてある。「乗興舟」等の拓版画と、どっちが先に制作されたのだろう。「隠元豆図」には、バッタと考え込むような顔の横向きのカエル。「玉蜀黍図」には、楽しげな雀。「鶴・鯉・親子鶏図」の三幅は、手馴れた題材でスルスルと気持ちの良い線。
蘆雪は、何と言っても今回のポスターにも使われた「虎図」。眼光は鋭いが、毛並みはさわるとふかふかそう。ぶっとい前脚にもうっとりだ。子犬達と子供達を描いた「一笑図」も良かった。何気なくささっと描いてありそうな線だが、メチャウマである。「一笑」の意味がわからなかったのだが、図録によると、「竹」と「犬」で「笑」になるので、この題材の絵をこう呼ぶとのこと。電線にとまったような「群雀図」も可愛らしいが、手足尾を引っ込めて顔だけちょっと出した「亀図」が蘆雪らしくて好きだ。
虎図はたくさんあったが、虎の頭骨を輸入してまでリアルを追求した迫力満点の岸駒の虎と、反対に「こりゃあ猫だ」の東東洋の虎が良かった。後者は、まあるいフキノトウのそばに、ふてぶてしく悪戯を考える猫のような虎がまあるくうずくまっているのだ。可笑しい。東東洋は、仙台の絵師だそうだ。他の作品もクスリと笑ってしまうような愛嬌がある。
写実の方では、宋紫石「柳下白鶏図」。鶏が哲学的な顔をしている。孫の宋紫岡「栗鼠図」。リスが身軽で可愛い! 作者不詳、明代の「雪中花鳥図」。若冲はこういう作品を見ながら画風を作っていったのだろう。司馬江漢に師事していた(?)秋田の絵師、小野田直武「鷺図」。花鳥画の中に遠近法や物の陰影が現れると、ものすごい違和感(笑)。
東東洋と同じ仙台の絵師、菅井梅関「昇竜図」は薄墨の雲海・雨・海原と横にきっぱり分けた構図が面白い。仙台に行けば、他の作品も見られるか?

府中市美術館の企画展は、いつも目の付けどころが良くて良い作品を集めてくるなあという印象。図録も解説が丁寧で、読み物としても面白いです。
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2007年03月27日

美術展メモ

メモったは良いが、全部行けるだろうか。サッカーのキックオフが昼だと、結局その日は他へ行くことが難しくなるのだよね。ちょっと困る。

桜さくらサクラ・2007―花ひらく春―
山種美術館 3/10(土)〜4/15(日)
千鳥が淵はそろそろ花見客でいっぱいでしょうねえ。

動物絵画の100年
府中市美術館 前期3/17(土)〜4/8(日)、後期4/10(火)〜4/22(日)
若冲・応挙・蘆雪・仙涯・北斎・国芳etc.!

志野と織部―風流なるうつわ―
出光美術館 2/20(火)〜4/22(日)
『へうげもの』好きだから行っておくべきか。

肉筆浮世絵のすべて―その誕生から歌麿・北斎・広重まで―
出光美術館 前期4/28(土)〜5/27(日)、後期5/30(水)〜7/1(日)

春の優品展 水墨画・古筆と陶芸
五島美術館 3/31(土)〜5/6(日)
源氏物語絵巻とか石山切とか。

澁澤龍彦―幻想美術館―
埼玉県立近代美術館 4/7(土)〜5/20(日)
若冲もあり。

伊藤若冲展
相国寺承天閣美術館 5/13(日)〜6/3(日)
C大阪vs湘南あたりと絡めて行ってくるかなーと。

春季展 琳 派―四季の“きょうえん”
畠山記念館 4/3(火)〜6/10(日)
posted by kul at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする