2006年06月04日

「雪舟からポロックまで」ブリヂストン美術館

実は大倉集古館へ「播磨ゆかりの江戸絵画」を見に行こうと出かけて行ったら、先週までだったのでした…そうだよ、今日までなのはブリヂストン美術館の方だったんだよ。じゃあそっちへ行くか、という訳で、溜池山王から銀座線で京橋へ移動。

石橋財団50周年とポロック作品新規収蔵記念(?)で、東京と福岡のコレクションをまとめて展示。何だかまとまりのない美術展になってしまったのは、仕方がないか。一応、各部屋ごとにテーマは伺える。まとまりはなくても、どこかで見たことのあるような名品揃いです。
印象に残ったのをいくつか。
セザンヌ「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」の、セロハンや色ガラスを重ねたような透明感。
モネ「霧のテームズ河」はパステルの小品。茫洋とした夕暮れの川面? なんとなく、バークコレクションにあった芦雪「月夜瀑布図」を思い出した。
藤田嗣治「猫のいる静物」「横たわる女と猫」「ドルドーニュの家」。あんなにフジタフジタ言ってたのに、結局藤田展は行き損ねた。猫…白磁…。
ザオ・ウーキー(趙無極)「風景2004」「07.06.85」。とにかくきれいで広々として気持ちがいい。現代の山水画、という感じ。
円山応挙「牡丹孔雀図」。写生より写意の方が面白いなーと思っても、やっぱり凄いですよ。
中村芳中「四季草花図扇面貼付」。これまた、かわいいのにデザインとトリミングのセンスが冴え渡る。

昨日の雪佳展と比べて思うのは、洋画と日本画(昔の)のいちばんの違いは、描くときに「自分」を意識するか「見る人」を意識するかではないか、ということ。もちろん日本画だって絵師の個性や思いが込められているけれど、見る人(あるいは神仏)に向けて描くという意識が、より強いと思う。で、見る人のために描くゆえに「かざり」や「あそび」の特質も生まれてくる。芸術家と職人は重なった存在で、装飾美術が一段下であるなどとは考えないのだ。

このところ日本画ばかり見ていたので、久しぶりにちゃんと洋画を見たら、脳みその違う部分を使って疲れました(笑)。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

「京琳派 神坂雪佳展―宗達、光琳から雪佳へ―」日本橋高島屋

高島屋は昨年のお歳暮ポスターに雪佳の『百々世草』から「雪中竹」を使っていて、車内吊等でスズメがのぞいているのを見かけてはほっこりとしていたのですが、今年もお中元ポスターに「朝顔」を使っています。それに合わせて、細見美術館のコレクションを中心に「神坂雪佳展」を開催。

神坂雪佳(1866-1943)は明治〜昭和初期に活躍した絵師。「画家」というより「絵師」と呼ぶ方が相応しいと思うのは、この時期の芸術家の多くが西洋画・ファインアートに向かったのとは反対に、伝統的な美術工芸や実用品のためのデザインを精力的に行った職人的な人でもあるからです。それこそ、琳派の祖とされる光悦の光悦村や、宗達の俵屋工房と通じる。光琳・乾山兄弟のように、雪佳にも漆芸家の弟・神坂祐吉がいたことも理由のひとつでしょう。兄弟のコラボ作品も多数展示がありました。欧州を視察してアール・ヌーヴォーに触れたことも、装飾美術の発展に力を注ぐ気持ちを固める上で支えとなったかもしれない。
4部構成の展示で、「1.雪佳の源流」で光悦・宗達から雪佳に至る琳派の系譜、「2.雪佳の絵画」で花鳥・古典等の絵画作品、「3.雪佳の工芸」で装飾・意匠を提供した陶磁器・漆器・染織等、「4.琳派の意匠」で中村芳中との関わり等を紹介。
薄墨でゆるりさらりと輪郭を描いて、薄く太い輪郭線の部分をそのまま塗り残すという特徴や、のんびりしっとりした作風が中村芳中(?-1819)と共通するが、時代も離れているし、どういう関係にあるのかと思っていた。4部で、雪佳が所蔵していた芳中の「枝豆露草図屏風」が出品されていて、芳中に傾倒していたことがわかった。たらし込みの技法を多用することも似ている。雪佳は特に金泥のたらし込みが多いので、実物を見てこんなに華やかだったのか、と驚きました。
一方で、のんびりした草花の造形の中には、細く張り詰めた線で金色の葉脈が描き込まれていて、その対比が画面を引き締めている。形を単純化することや構図のアイデア、トリミングのセンスも光る。『百々世草』も良いが、「十二ヶ月草花図」の構図はとにかくすごい。
版画集『百々世草』の原画を見られたのは嬉しかった。できれば、版画の方も並べてあれば、彫師・摺師の技が見えて良かったな。
宣伝のメインビジュアルに使われていた「金魚玉図」は、丸い金魚鉢の中の金魚を正面から描いたひょうきんな絵だが、軸装の裂地には葦簀の模様が直接描かれ、涼感を強調していた。真夏の座敷でこれを眺めて、風鈴の音を聞きつつ冷たい麦茶を飲みたい。そういう、手元に置いて眺めたい・使ってみたい感じが、雪佳の作品にはあります。雪佳図案/河村蜻山作の「菊花透し彫鉢」が素晴らしかったー。硯箱や文箱も。何となく「工芸品でござい」と取り澄ました感じがないのだ。
光悦的でシャープでかっこいいのが江戸琳派、宗達的でひょうげてかわいいのが京琳派、という感じでしょうか。芳中も大阪の人だね。

雪佳の図案は、今でも浴衣や帯に使われています。高島屋のウィンドウには素っ頓狂な浴衣(髑髏とか蝙蝠とか黒レースとフリルのオビスチェとか)を着たマネキンが立っていたが、ああいうのを作るよりも、『海路』から渋い色で水紋の浴衣を作ってくれないかなあ(どうも、ゴスロリ浴衣は「傾(かぶ)く」とはちょっと違う気がするですよ。所詮、既成概念で作ってるんじゃーん、と)。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

「花鳥」展<第二期> 三の丸尚蔵館

ユースの後に、今日も大手町へ。気が付かなかったけれど、今日が初日でした。

第2期のテーマは鶴かな。「群鶴図屏風」は金地に墨でいかにも琳派という感じ。たくさんの鶴は一見コピー&ペーストで増やしたように見えるが、少しずつ違っているのが面白い。
狩野探幽は、この間のバークコレクション展で「笛吹地蔵図」を見て好きになった。『流書』の中の「藻魚」の図が良かった。何てことのない線をスイッと引いただけの濃淡で、魚に見えてしまうのが技だ。

第2期の動植綵絵。やっぱり印刷では、青・緑の色を再現できないなあ。実際に見ると、蛍光色かと感じるくらい鮮やかな色遣いで吃驚する。
「雪中鴛鴦図」石の上に立つオスの鴛鴦の頭上には、Y字を逆さにしたように木の枝が差し掛かって、そこに雪が積もっているのだけれど、胡粉の白々とした白さが際立っていて、鴛鴦のところにスポットライトが当たっているように見える。構図と配色の計算が凄い。
「梅香皓月図」これもまた三次元的にあり得ない風に入り組んで伸びる梅の枝。白梅の花は、基本的に裏彩色の色だけで、ところどころ花びらの縁だけに白が入っている。代わりに雄しべが月光を受けてちらちらと光る。根気良く、よくまあ描いたもんです。梅の枝の股の部分は、枝の外側を墨でぼかして闇が深いことを示している。その部分だけ見ると不思議な表現方法に思えるのだが、全体を見ると、奥行を感じるのだ。
「梅花群鶴図」これ、今まではそんなに気にとめる絵ではなかったのです。実物は違ってた。6羽(5羽じゃないよ、脚の数を見ましょう)の鶴の白い羽が、すべて細かい掛網模様になっている。女性がノースリーブのドレスのときに付けるレースの長手袋のように見える。そうして見ると、すんなりした細い首が艶かしくも繊細。…でも向かって左端の鶴の顔が笑える(笑)。
「棕櫚雄鶏図」白と黒の雄鶏よりも、棕櫚の木の葉の丸い穴が気になる。若冲の絵に登場する、ポコンと空いた不思議な穴。覘かれるのか覘くのか。若冲は、描く対象を観察はしているけれど、見えた通りに描く訳ではないよね。自分のフィルターを通した上で、デザインしている。
「桃花小禽図」神道に「ふるえ ゆらゆらとふるえ」という魂振(魂を揺り動かして活力を与える)の呪文がありますね。それを思い出した。画面全体から桃の若枝と一緒にゆらゆらと立ち上っているのは、春の生命力です。うららかな春の日差しの暖かさと、桃の花の香りが漂ってくるようです。
「菊花流水図」出た、フグ刺し(笑)! プライス氏はこの絵が世界一好きなんだそうだ。この絵は完全に“デザイン”で、細い茎が幾つも咲いた花を軽々と支えている。このまま振袖の柄にしたいなあ。裏側から描いた花も“フグ刺し”状なところを見ると、球状に咲く種類の菊なんでしょうね。

第1期の感想

根津美術館にハシゴするつもりだったが、時間が半端なので諦めて帰る。
posted by kul at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

美術展ブログ

プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展(公式サイト)
「若冲と江戸絵画」展コレクションブログ

開催まであと69日!の「若冲と江戸絵画」展公式ブログができておりました。最近は、企画展ごとに公式ブログを作るのが流行りなのでしょうか。プラド美術館展とか。
「若冲と江戸絵画」展のブログが面白いのは、出展作品それぞれについてのプライス氏による紹介を掲載しているところ。いつ手に入れたかとか、どこが好きで欲しいと思ったかとか。パークコレクション展のとき以上に、蒐集した人の個性を含めて楽しめる企画展になりそうです。ブログ上で作品画像もしっかり見せてくれる太っ腹。あと2ヶ月!
posted by kul at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

「大絵巻」展 京都国立博物館

朝の飛行機で大阪へ。羽田から伊丹まで飛ぶ間、眼下にほとんど雲がなくて、地形や道路がはっきり見えた。席に備え付けの冊子で航空路線図紹介の日本地図を開いて、ずっと見比べてました。

モノレールから阪急へ乗り換えて、河原町へ。四条大橋を渡って、京阪で七条へ。途中のタバコ屋さんで前売りチケットを買って、京博へ。
絵巻物の展示であるため、右から左へ順路通りに見て行くしかなく、なかなか自分のペースで見ることはできない。今回は昼過ぎには出ないといけないので、行きつ戻りつで時間をかけずにさくさく見てきた。

物語や縁起、行状伝だけでなく、「病草紙」や「地獄草紙」みたいなカタログ(?)もあるのだな。画中詞のある絵巻では、主題以外の脇の人物達のセリフが可笑しい。
王朝物の絵巻は自分の知識不足もあってあまり面白味を感じないのだが、線描のみの「中宮物語絵巻」は、筆で描いたとは思えないほどシャープなラインが格好良かった。少女マンガの原点という感じ。
「鳥獣人物戯画」は有名な甲巻だけでなく、乙巻の馬や牛もかわいい。乙巻の動物には表情にキャラクター化は感じるが、仕草はその動物の写生となっている。高山寺の印がベタベタついてあるのがうるさい(苦笑)。
「信貴山縁起」は飛倉の部分が出ていて、横描きの画面を使った移動の表現が上手い。米俵が戻って来る場面では、ちゃんと通常の流れとは逆の左から右に鉢が飛んで、戻って来たことを強調している。
今回、いちばん印象に残ったのは、最後に展示されていた「堀江物語絵巻」だった。岩佐又兵衛は残虐表現ばかりが有名で、そういう表現を描いてしまうことは面白いけれど、絵としてはそれほど好きな絵師ではなかった。が、実物を見て考えが改まりました。何だろう、構図の上手さ? 距離感の巧みさ? 画面の隅々までつい引き込まれて、人物の表情を眺めてしまう。場面の繋ぎが、ただの繋ぎで終わっていない。飛ばしてよいところがない。物語の最後の、屋敷を建て増していく場面が展示されていたけれど、移り変わりが自然で、エッシャーの「昼と夜」を見ているような気分にもなった(何か違う)。軸組みを作るあちこちにリズミカルに人物が配置されて、画面上に見なくてもよい部分がない。描き込みが多いということではなく、構図に無駄がない。これはすごい。夢中になる人がいるのもよくわかる。もっと色々見たいなあ。

という訳で、絵巻物にも実物を見ないと伝わらないことがあるのだが、全体を広げて展示できるようなスペースはないというのが困ったものだ。仕方なく書籍に頼らねばならず、連続性を上手く感じ取ることができなくなる。こういう巻物の形での複製が、もっと充実するといいんだが。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

「花鳥−愛でる心、彩る技<若冲を中心に>」展 三の丸尚蔵館

東京に戻る頃には雨は上がっていたが、風邪気味でもあるのでサテ@江戸陸には行かず、三の丸尚蔵館へ。三の丸尚蔵館は、大手門から皇居東御苑に入り、すぐの所に建つ小さい美術館。宮内庁管理の美術品の保存・研究がメインで、公開スペースは狭いが、いい品をタダで見られるのがありがたい(笑)。今は、若冲「動植綵絵」の補修が終わったことを受けて、「動植綵絵」30幅を6幅ずつ、5期に分けて展示が行われている。その他の展示品は、主に江戸期の花鳥画や博物誌等。

第1期は3〜4月ということで、まずは桜。やや小さい六曲一双の狩野常信「糸桜図屏風」は、内側に窓を切って簾をはめ込み、簾の上にも糸桜が描かれている。暗い部屋で見ると、きっと簾の上の桜の花だけがぼんやり浮かび上がって見えるだろう。屋内に居ながら夜桜気分を味わえそう。
市橋長昭編・桜井雪鮮画「花譜」は絵というよりは博物学的な記録が目的なのだろうが、絹布に繊細に描かれた桜が素敵。桜の花の絵の良し悪し(ではなく個人的な好みか?)は、どれだけ透明感を出せるかだな。「椿花図譜」は椿の記録で、こちらも色んな品種があるなあと見入ったが、枝への付き方も描かれる桜と違って花だけが描かれるのが、花期の終わりにポトリと落ちる椿らしい。両品とも、江戸期の園芸熱の副産物でしょうか。

最後に「動植綵絵」。書籍では散々見たが、実物にはまた別の力がありました。印刷でこの色彩の強烈な印象を伝えるのは無理だ。どの絵の動物・植物にも、人間にとっての扱いやすさなどお構いなしの生命力を感じます。
「芍薬群蝶図」若冲の特徴である不思議な無重力感に満ちた絵。じっと見ていると、ひらひら舞い飛ぶ蝶に酔いそうになる。
「老松白鶏図」鶏の白い羽が、まるで西洋の騎士の甲冑のように見える。硬くてがっしりとして、まったく揺るがない感じ。後ろの壁面で、「老松白鳳図」を例に裏彩色の技法を解説してあったが、この鶏も同じように裏から羽の部分に黄色を塗り、表からは胡粉の白を重ねることで微妙なグラデーションやハイライトが表現されているのだろう。それでこんな、輝くような羽の重なりが出来上がっているんですね。裏彩色を行うことで、表裏両面から膠が溶け合って結びつき、絵絹からの剥落を防ぐ効果もあるとのこと。
「南天雄鶏図」隣の白銀のような白鶏とはまた違った、黒鶏の黒曜石の華やかさ。赤い鶏冠と南天のたわわな実が、悠然と立つ雄鶏をゴージャスに飾る。赤と黒のスーツの胸ポケットから白いレースのハンカチを垂らすような白菊。南天の実ひとつひとつのお尻にチョンと点を描き、黒鶏の鶏冠にも斑点を描き入れる偏執狂っぷりが不気味で良い。背景に溶け込むように地味に描かれる南天の葉も、実はメチャメチャ細かいのだ。
「雪中錦鶏図」粘性の雪。若冲の雪は、サラサラしてなくてまとわりつく。だから山下先生とかに「やらしい」と言われるんだな(苦笑)。雪の存在感に気を取られて印象の薄い槙(?)の葉が、また細かい。雪の部分にも、裏面から胡粉を吹き付けてあるとのこと。そこまでこだわるか。
「牡丹小禽図」画面全体に充満する牡丹の群れ。でも、牡丹の花の彩色が、花びらの縁だけググッと濃い色の線が引かれていたりして、他の絵に比べて繊細さに欠ける気がする。
「芦雁図」凍った川面に落ちて行く雁。降りて行くというよりは、落ちて行く。こちらからは見えないお腹の側に、矢が刺さってでもいるのではないかと思わせる。何となく不安な感じなのだ。脇役の、雪をかぶった薄の穂がこれまた細かい。

第1期は4月23日(日) まで。その後のスケジュールは以下の通り。
・第2期:4月29日(土)〜5月28日(日)
・第3期:6月3日(土)〜7月2日(日)
・第4期:7月8日(土)〜8月6日(日)
・第5期:8月12日(土)〜9月10日(日)
展示作品はこちら
posted by kul at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

「歌川広重―名所江戸百景」展 江戸東京博物館

春・夏・秋冬の3期に分けて展示替えしたうちの、秋冬の部だけ見に行ってきました。
常設展示の一角、「両国橋西詰」のミニチュア(斬九郎のエンドクレジットに使われているヤツ)の奥にコーナーが作られていたが、英語の解説ボードは、前の(というか普段の)がそのまま残っていた。せめて隠そう…。
展示の方法も、ガラスケースの中の展示台に、傾斜をつけた状態で置かれていたり、奥の壁に吊ってあったりしているので、浮世絵を見るには距離がありすぎる。『浮世絵「名所江戸百景」復刻物語』を読み直して、実物はどんな感じかなーと楽しみに見に行ったのだが、雲母摺・布目摺・空摺・きめ出し等の技法がよくわからなかったのが残念でした。浮世絵って、手に取って眺める距離感で見るものだと思うので、できれば1点ずつ額に入れて壁にかけて欲しかった。「浅草田甫酉の町詣」の猫のまるーんとした様子を確認したかったんだよー。
離れていてもわかるのは、構図や色。近景を極端に大きく取り入れて遠近を強調する描き方は、あざといけれども格好良い。鬼のようなぼかしは、パラノイアの域(粋?)。主題と関係ないところはぼかしたり霞で隠したりの、良い意味でいいかげんな日本の絵の描き方は大好きです。その分、主題の細部にはこだわるのだ。

どうせ展示を行うのなら、初摺・後摺の違いを見せるとか、復刻版も並べて展示するとか、技法について解説するとか、もっと力入れてやってくれればいいのになーと思いました。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

「幕末の怪しき仏画―狩野一信の五百羅漢図」東京国立博物館

金曜に休むつもりが休めなかったので、また最終日に大急ぎで見に行ってきた。上野はそろそろ花見客で混雑し始めています。

昨年、日本美術応援団のトークイベントで増上寺にある狩野一信の五百羅漢図を紹介された。見てみたいと思っていたら、増上寺のものではなく、東博所蔵の五百羅漢図の特別展が企画されました。
増上寺本が1図に(基本的に)5人の羅漢が登場して全100幅の構成であるのに対し、東博本は、増上寺本の半分ほどの大きさの左右2図を1幅にまとめて全50幅で構成されている。イベントのスライドで見たのは増上寺本の第45幅「十二頭陀・節食之分」で、西洋的な陰影表現を無理やり取り入れた強烈さが無茶苦茶面白かったのだが、東博本では空気遠近法を取り入れたりして、割と自然で穏やかな表現になっていた。東博本は制作時期が不明で、増上寺本を作るための下絵であるのか、最晩年に作成されたものであるのか、諸説あってまだ定まっていないとのこと。下絵よりインパクトを与えるためにあえて強烈な表現で増上寺本を作成したのか、陰影表現を自分の中で消化した後に東博本を作成したのか、どっちでしょうね? 増上寺本は弟子や夫人が彩色しているものもあるようだから、本人の意図より強烈な表現にされちゃったのかもしれない。いずれにせよ、日本画が西洋画に出会って、こんな描き方があったのか!とべっくらこいて、何とかモノにしようと頑張った様子が伝わってきて面白いのです。増上寺本は第25幅「六道 鬼趣」と第72幅「龍供」だけが展示されていたが、いつか全部見てみたいものです。

陰影表現以外にも面白いところはたくさんあって、羅漢がルパン3世よろしく顔の皮をぐりんと除けると下から観音様の顔が出てくる(第28幅「神通」)とか、腹の皮を両手で引き割ると中に阿弥陀如来(?)が鎮座している(第15幅「六道・畜生」)だとか、物語の表現が直接的で可笑しい。緻密な描き込みや異様な表情も。ちょっと変わった人が大まじめに描くと、こんな怪しいものが出来てしまうのだ。残虐・劇画的表現が共通するものとして、国芳の水滸伝の花和尚魯知深も展示されていた。西洋的な表現を取り込もうとしたのは国芳も同じだね。幕末時期の絵の試行錯誤は面白いなあ。

幕末時期に西洋画を導入した画家には亜欧堂田善がいますが、ちょうど府中市美術館で企画展「亜欧堂田善の時代」をやってます。同時代の作品ということで増上寺本の第50幅「十二頭陀・露地常坐」も出るようです。4/16まで。見に行けるかな。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

「ニューヨーク・バーク・コレクション」展 東京都美術館

締め切りスケジュールの見当がついたので、半休を取って上野へ。また会期ぎりぎりになってしまった。平日午前なのに人は多かった。土日を避けて正解。

アメリカには、東にバークコレクション、西にプライスコレクションという、個人による日本美術の二大コレクションがある。そのひとつ、ニューヨークのメアリー・グリッグス・バーク夫人のコレクションが20年振り(?)に里帰りしてきました。
宣伝のメインビジュアルは蕭白「石橋図」だったが、今回の展示では、むしろ平安〜鎌倉時代の仏教美術の印象が強かった。時代や作家にこだわらず、各時代の様々なモノが蒐集されているのだが、展示品のすべてにどこか共通するイメージが備わっているというのが、個人コレクションだなーという感じで面白い。“日本趣味の西洋人女性が自分の好みに従って集めた”というのが伝わってくるのだ。展示品自体ももちろん素晴らしいのだけれど、歴史や学術的な意味は度外視して、コレクション全体に通じる個人の趣味や、「西洋が見る日本の美しいものってどういうものなのか」というサンプルの提示が行われているというのが興味深かった。それにしてもアメリカのお金持ちは、桁が違いますね。

仏像では平安時代の「天部形立像」、快慶の「不動明王坐像」(←こっちは伝)と「地蔵菩薩像」が素晴らしかった。快慶のお地蔵さんは衣服の意匠が残っていて、完成当時には華やかだったんだろうなと思わせる。コレクションの仏像・神像に共通するのは、美形でスラリとしているということです(笑)。
室町時代の絵画もたくさん。愚庵「葡萄図」、葉っぱの重なりを、輪郭を描かずに明暗で表現してあるのが素敵。室町・桃山の焼物・漆器も素敵。「秋草文蒔絵台子」が欲しい。
中の1室に桃山〜江戸初期の屏風4点がまとめて展示されていたが、桃山時代の明るさ・華やかさ・闊達さが発散されていて良かった。特に「柳橋水車図屏風」。分厚い金箔は部分ごとにパターンが異なる。月の部分には金属片の張り込み。江戸初期の「大麦図屏風」は、上半分は金色の空、下半分に大麦の穂と大胆に画面分割されていて、現代の作と言っても通用するようなモダンな印象。格好良い。
江戸期の絵画は、すべて肉筆。狩野探幽「笛吹地蔵図」は、初期の方が可愛い。懐月堂安度「立姿美人図」、わーい、量産型とか言われてもやっぱり好きー。酒井抱一「桜花図屏風」、下に銀地を塗ったのは誰だ、余計なことを。抱一の描く桜はひたすら幸せな感じがして好き。暗いものが全然ない。池田孤邨「三十六歌仙屏風図」、模写の模写らしいが、それぞれ表情が楽しい。酒井鶯蒲も名前はあまり出ないけれど、抱一の弟子だそうです。「六玉川絵巻」、小さい画面にとても丁寧に情景が描かれていて良かった。こういうのを時々開いて眺められると楽しいだろうなあ。
蕭白は「許由巣父・伯楽図屏風」「石橋図」、蘆雪は「飲中八仙図」「月夜瀑布図」、若冲は「月下白梅図」「双鶴図」と2点ずつの出展。
「石橋図」は、蕭白だし、あの描き込み様だしで、もっと大きな作品なのかと思っていたら、案外普通の大きさでちょっと拍子抜けした。が、押し合いへし合いしながら駆け登って行く獅子達の密集度がより強く感じられる気がする。隘路にぎゅーっと詰まった獅子達と、千尋の谷、浄土の遙かな高い山の高さと奥行きの対比が劇画チックで良い。
蘆雪の「月夜瀑布図」は、すげーこの人やっぱりかっこえーって感じ(笑)。「どーよこのアイデア」と言われている気がする。朦朧としたぼかしだけで月と滝を表現。かっこえー。
若冲は展示室の突き当たり、いちばん最後に展示されていたが、狭い上に人だかりで落ち着いて見るのは無理でした。都美術館はただでさえ狭いので、本当は、人気の美術展を開催するには向いていない建物なのだと思う。階段が多くて、年配の方には大変だしね。若冲の梅の木は三次元的に有り得ない感じで枝が交錯しているのだが、与謝蕪村の描く木もそんな様子だったので、気が付かなかっただけで当時の絵のパターンなのかもしれない。

「美意識」とか「上質」とか「洗練」とかいうのは、何だか借りてきた表現のようでしっくり来ないな。要するに、とってもお洒落なコレクションでした。
さて、今年はバークコレクションに続き、7月4日〜8月27日に「若冲と江戸絵画」展@東京国立博物館平成館が予定されています。プライスコレクションが来るぞーっ!こっちも楽しみだ!
posted by kul at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

「日本の四季 ―雪月花―」展 山種美術館

昨日とは打って変わって快晴。歩道の雪もおおかた溶けた。小平・深川・千鳥ヶ淵と行き先を迷った末に千鳥ヶ淵。この間、国立博物館で「凱風快晴」を見比べたところなので、山種にあるのも見ておきたかったのだ。国立博物館のより、山種所蔵の方が、刷り損ねもなくぼかしもきれいでいい感じ。
今回は、菱田春草「月四題」がいちばん好きだった。春(桜)、夏(笹)、秋(葡萄)、冬(梅)の月夜を描いた連作。墨一色かと思ったら、それぞれ比べないとわからないくらいに淡く、夜空に色が入っている。春の月は淡い淡い桜色の夜空に、朧に霞んで見える。
千住博「四季」も春夏秋冬の風景と太陽の連作なのだが、こちらは超モダン。って、平成元年作だから当たり前だが。モダンというかオシャレというか、紙の使い方から表装から、意表をついていて、画家というよりデザイナーだよなーと思う。
石田武「月天心」、夢殿を照らす月。この人は光の捉え方がいつでも格好良い。月明かりは青、影にはぼんやりと物本来の色。
高山辰雄「中秋」、ザラザラの金地になすりつけたような黒、朦朧とした夕暮れの景。秋の眩しい金色の夕暮れ。
小林古径「不二」「松竹梅」、この人もデザイナーだなあ。富士の絵って、たくさんある割にあんまり面白いものはないと思うのだけれど、黒雲からぬっと突き出た山頂の白さと妙な丸っこさが絵本的で不思議な感じ。

国立博物館にハシゴするつもりだったが、コンタクトレンズの調子が悪くて頭痛がしてきたので諦めて帰る。
posted by kul at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

「野間仁根」展 愛媛県立美術館

ここ数日の疲れで昼近くまでホテルでうだうだして、ようやくチェックアウト。道後温泉周辺を散歩した後、愛媛県立美術館へ。

野間仁根の作品は、井伏鱒二や小川未明の本の挿絵で見たことがあったけれど、油絵は全然知らなかった。思った以上に可愛げのある、余計な力の抜けた作風で、来ておいて良かったと思いました。重たくどっしり絵の具を塗ってあるのだけれど、どこか明るくて飄々としている。動物や虫の絵は特に。どうして牛とかライオンとかがカブトムシと話をしているのだ(笑)。釣り好きで「耕釣斎」と号していたようだけれど、水彩のメバルの絵などは、日頃生きて泳いでいる魚を見ているから描けるのだろうという勢いがあった。瀬戸内の風景画も、水気の多い空の感じが好きだ。

常設展には福田平八郎が一部屋あって嬉しかったです。この人の描く小鳥は可愛い!大好き! 杉浦非水のデザイン図案も良かった。大正モダーン。猫が可愛い。

ここの美術館は、建物の感じが良い。ポスター・チラシのデザインも凝ってた。作品数点については持ち帰り用の解説カードが用意してあったり、常設展ではボランティアスタッフが作品について話してくれたり、工夫されてるなあと思いました。
posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

北斎展 東京国立博物館

最終日に見に行くために、昨夜大阪から日帰り。休日を避けて平日に休みを取って行くつもりだったのだが、休めなかったのだ。最終日ということもあって、整理券の出る大混雑…。
今回の目玉は、「富嶽三十六景 凱風快晴」を初摺・後摺で比較できるということだったと思う。東京国立博物館にあるのは後摺で、ぼかしが下手でべったりした印象の方なんですよ。ギメ美術館・ケルン東洋美術館から借りてきた方は、色が繊細で雰囲気が全然違うのだ。いい作品は外国にあるというのが悔しいなあ。版元によって絵のタイプに得手不得手がありそうとか、この絵の彫版の数はとか考えながら見るのが楽しい(が、行列なので好きな絵の前で時間をかけられない…)。
肉筆画は、人物の顔等は別としても案外ざっくりしたラフな線、ラフな塗り方だった。どんどん、たくさん描きたい、次から次に描きたいという感じ。八十歳過ぎてからの線も色遣いも、すごく若い。このじいちゃん、人生に退屈する暇なんてなかったんだろうなと思った。
posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月02日

「日本美術の愉しみ」紀伊国屋ホール

朝、母は叔母達と一緒に白神山地へ。台風で尾瀬に行けなかったリベンジらしい。
こちらは出社して仕事。昼に紀伊国屋ホールの新宿セミナーへ。

赤瀬川原平・山下裕二氏のトークイベント。人文系出版社8社が共同で開催しているセミナーの第6回。今回は東京大学出版会が主催で、辻惟雄氏の近刊『日本美術の歴史』の宣伝を兼ねていたようだ。
まあ、「こころの旅」の赤瀬川・山下バージョンと言いましょうか(笑)。日本美術応援団の活動が、最近は“実用美術”や社会科の方向に進んでいるという話から始まって、博物館網走監獄に行ってきたレポートをスライドを交えて紹介。話には聞いていたけれど、この博物館は面白そうだ。『明治十手架』とか『地の果ての獄』とか読んでから行くべきか(何か違う)。同じ旅で現在の網走刑務所にも行ったそうで、塀の外の花壇にあった「この中に入るべからず」の立て札とか、町中の「終着駅」という名の店の看板とか、路上観察的な写真も。
日本美術応援団も始まってから10年経つね、という訳で、過去の書籍等を振り返る。最近は若冲や蕭白がすごい人気だけれど、発端はこれでしたね、と『奇想の系譜』の紹介。応援団の初期には美術書を見ながら対談する形だったけれど、だんだんとあちこち出かけて実物を見に行くようになったよね、と各地でのスライド。三徳山の投入堂、呉の大和ミュージアム。いろんなものが居ながらにして見られるようになったけれど、実物の大きさを感じることって意外と重要。大和は職人仕事の極地。目黒の日本民藝館にある「築島物語絵巻」、増上寺の狩野一信「五百羅漢図」。知られてないけど面白いものはまだまだたくさんある。よく知ってるものも面白い。光琳「紅白梅図屏風」は、過去作品が下敷きになっているかも?…などなど。

まったりのんびりとしたトークセッションでありました。原平さんは鼻声っぽかったが、風邪引きだったのかな? お身体お大事に、これからも楽しませてください。

で、また会社に後戻り。終わらねー…。
posted by kul at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月30日

「百花繚乱―咲き競う花々」展 山種美術館

昨日から母が来ているので、期間ぎりぎりに夏休みの最後の1日を取って山種美術館へ。

収蔵品の中から花の絵を選んでの展覧会。奥村土牛が最多の7点あって、中でも水鉢に水蓮(切花らしい)を生けた「水蓮」が良かった。白い鉢の模様も水蓮の咲く池であるようで、上部に青い線で水蓮が描かれ、下には赤い線で鯉が泳いでいる。その中央の一匹が躍り上がって、鉢に生けてある本物の水蓮を覘こうとしているように見えて可笑しい。土牛には他にも泰山木の大きな花を細首の花瓶に生けた絵があったり、前回の展示でもウィンドウの向こうに唐三彩が展示されている場面をそのまま描いたものがあったり、結構おちゃめな人なのかもしれない。

酒井抱一「秋草」のすぅーっとした気持ちのいいライン。抱一とか若冲とか、生活に困らず金のためでなく絵を描いているせいか、邪念がなくて良い(笑)。

菱田春草「白牡丹」は華やかな牡丹を描きながら、やっぱり寂しい。でもひっそり蝶がやって来ていて、ちょっと暖かい。

速水御舟「牡丹花(墨牡丹)」は、とてもとても格好良かった。墨のにじみだけで牡丹の花の重さも水気も勢いも全部表現してしまっている。すげーや。

新しい方で西田俊英「華鬘」は、母と2人で「これ欲しいねー」と言い合った。ということは、多分、現代の住宅に飾りやすい絵ということなんでしょう。

それから、これは好きな作品ではないのだけれど非常にインパクトのあったのが、福田平八郎「牡丹」。金屏風に淡い彩色で3株の牡丹が描かれているのだけれど、描き込み様が尋常ではなかった。花びらや葉の重なり、葉脈、めしべおしべ、しおれかかる様子、鬼気迫っていた。こんなの飾ったら、幽霊が寄り付きそうだ。

山種美術館は展示スペースが小さくて、行くともっと見たい気持ちになるのだけれど、目の弱ってきた母には疲れなくてちょうど良いらしい。
posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

「俵屋宗達-琳派誕生」展 細見美術館

細見美術館では毎年秋季に琳派展を開催しているそうで、その8回目。宗達とその工房の作品を中心に、初期琳派の展開を辿る。
入ってすぐにばばーんと置かれた「扇面流図屏風」が格好良い。いくつか壊れた扇が混ざっていたりして、若冲が病葉や虫食いを描き入れるのは、こういうところに根があるのかもしれないと思う。
「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」をまた見られたのは嬉しかった。これはほんとに好きだ。動かなくてもアニメーションなのだ。光悦の書の緊張感もいい。こんな下絵を描かれたら、それは、一所懸命応えようと思うだろう。料紙の裏面にも、薄墨と金泥の細い線で蝶が描かれているのに気が付いた。隅々まで可愛いじゃないかー。
宗達下絵・光悦書がたくさん出ていたが、料紙ってきれいなものだなあと改めて思いました。裏方なんだけど手は抜かないよ、というか。展示室の一つには、光悦文様の唐紙を作っている唐長の版木や道具が展示されていたけれど、これがまた素晴らしかった。この版木を見られただけでも行って良かった。

その他、中村芳中の鹿や朝顔も可愛かった。展示替えが4回あるようです。
細見美術館は当日の入館証としてシールを渡されて、それを服やバッグのどこかに貼り付けておくことになっているのだけれど、毎回出てくるまでにどこかに落として来てしまうのだった…。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月23日

「日本画で歌を読む−日本の詩情」展 山種美術館

九段下から千鳥ヶ淵を歩いて山種美術館へ。今日は涼しくて助かる。
絵の横に詩歌を添えて、視覚と言語の相乗効果を楽しむという趣向。詩歌のパネルの掲示方法に、もう少し工夫があっても良かったな。
奥村土牛「海」も好きだが、「三彩鑑賞」は展示ケースの中の唐三彩がそのまま絵になっているのが面白かった。小倉遊亀「咲き定まる」には、当然ながら木村利玄の「牡丹花は咲き定まりて静かなり 花の占めたる位置のたしかさ」が添えてありました。歌も絵も両方好きだー。
その他好きだったもの:吉田善彦「尾瀬三趣」、大きな連作。離れて見ると逆に細部に気が付く。小茂田青樹「青竹」、竹の微妙に斜めな線がめっちゃかっこええ。小野具定「白い海」、削ぎ落としたモノトーンに空だけ青い。これもかっこええ。欲しい。竹内栖鳳「緑池」、カエルがかわいい。欲しい。
日本画で使われる黄緑(「白緑」というのか?)がとても好きです。これが画面のどこかにあるだけで嬉しくなる。
山種美術館は、展示スペースは小さいが、いい絵、というか自分の好きな絵をたくさん持っていて、何だか悔しい(笑)。またちょくちょく見に行こうと思う。

posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

「出光コレクションによる ルオー展」東京都現代美術館

また会期ギリギリに見に行くことになってしまった。エントランスで子どもが多いなあと思ったら、ジブリの展覧会も併設だったのね。

出光美術館にこんなにまとまったコレクションがあったとは知りませんでした。今回の目玉は、出光美術館により散逸が食い止められた油絵「受難」と、版画「ミセレーレ」の両連作。「流れる星のサーカス」「サルタンバンク」の連作も、あるならもっと見たかったなあ。
ルオーの目を閉じたキリストの絵を見るといつも、むしろ仏様のような気がする(棟方志功と混同してるか?)。1点だけ目を開けた青いキリストの絵があって、これがいちばん素敵だった。
よく「深刻」と言われるルオーだけれど、実は自分はそれほど重いとか暗いとか感じたことがない。昔最初に見たときに、元々はステンドグラス職人の徒弟だったという経歴を知ったからかもしれない。今回、確かに激しく批判的社会的だなあと思う作品もあったのだけれど、やっぱりもっと単純に、不純物を取り除いて精錬した色ガラスだと思った。表面がゴツゴツザラザラしていて、光が差し込むとチラチラ光るの。
油絵の方の「受難」は、おそらくすべてが詩集『受難』皮革装幀版の表紙絵として使われるはずだったのではないか、そして現在未発見の約10作品は特装本として愛書家に秘蔵されているのではないか、という解説が書かれていたが、たしかにこんな本があったら、誰にも知らせずにこっそり大事に持っているよなあ(笑)。≪「受難」64 三人のマリア賛歌II≫を表紙絵にした『受難』は、本好きの夢のような本でしたね。
あと、今回額縁がとても良かったです。普段はそんなに気に留めないけれど、作品との調和が見事でした。
posted by kul at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月07日

「Nurseglove」展 水道橋Gallery Monkeyfarm

三ツ沢の帰りに、Monkeyfarm なんでもつくるよの倉田光吾郎氏の展覧会へ。水道橋のビルの駐車場を使って、展示の目玉はボトムズのAT、1/1スコープドッグ・ブルーティッシュ・カスタム。
全高約4m、重さ2t(アニメの設定では6.3t)の鉄の人型ロボットって、間近で見ると迫力あるね。これがたくさん向かってくると、相当怖いわ。そういうアニメ世界の想像とは別に、目の前の1/1スコープドッグには、うっすら浮いた錆とか、叩いて叩いて接いだ縁の様子とか、なんだかとても愛しい感じもある。“製品”としてピカピカに磨かれて塗装されてない、アナログ・手仕事・ライブ感が良いんだな。損得抜きで馬鹿馬鹿しくて結構じゃありませんか。
その他のオブジェも独特の雰囲気があってとても良かった。ミシン+タイプライター+電話機のデスクトップPCと、人形アニメ用の螺旋階段が好き。無駄の多い仕掛けはせせこましくなくて楽しい。

『タタキツクルコト』(倉田光吾郎/インフォバーン)を買って帰る。
posted by kul at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

蕭白展追記

見に行ってほしいので宣伝。
曾我蕭白/京都国立博物館(アートナビ)
美の巨人たち(2001/12/22)
すばらしきみえ(百五銀行発行の地域情報誌)
曾我蕭白についての論述(三重県立美術館)

師匠と言われる高田敬輔も、ちょうど企画展をやってるんですよね。いつか信楽院の天井絵を見に行きたい。
「高田敬輔と小泉斐」展(滋賀県立近代美術館)
信楽院(滋賀県蒲生郡日野町観光情報)
posted by kul at 20:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

「曽我蕭白―無頼という愉悦―」展 京都国立博物館

今日はそれぞれ別行動の日。朝食後にチェックアウトして、べーさんともいったん別れて京阪で京都、七条へ。どうしても見たかった蕭白展、サッカー遠征と重なって良かった。

暁斎の妖怪引幕もそうなんだけれど、実物を見ないと伝わらない衝撃というものはある。つまり“大きい”ということ、それ自体が持つパワーだ。「画面全体をこんなに梅の木が、岩が、波がうねっている」というただ構図のみを語るに留まらない、圧倒的な筆勢。しかも略画が描けない訳でもないのにひたすらに画面全体を描き込んでしまう、「オレは描いてやるぜ描いてやるぜどうだどうだ」という自意識のエネルギー。凄い。鬱陶しいけどめちゃめちゃ面白い。静謐よりあえて狂騒を選んで、だけど理性の上での狂態だから絶対に完全には狂えない。そういうところはしんどそうだなと思う。しんどそうで意地っ張りなところが良い。
そうかと思えば、金屏風に群れ走る野馬を描いた「野馬図屏風」は本当に楽しそうで、見てると嬉しくなって思わず笑ってしまう。自分で自分を縛っている自意識や名声欲を振り払って、実はこうして自由になりたいんじゃないかと思う。
でも、欲求不満の30代に描いた絵の方が、名を成して京都へ落ち着いてからの絵より魅力的なのは皮肉だ。画家のハングリーさがそのまま絵の魅力になっていると思うのは、画家の生い立ちについて知識を持ってしまっているからだろうか。いや、知らなかったとしても、若冲の絵が内へ内へなのに比べて、蕭白の絵はとにかく外へ外へだ。描くことへの耽溺は同じなのに。

その他雑感。
蕭白の絵はなんとなく絵本っぽい。描かれた人物や情景を指差しながら、子どもに「ほら、この人は何を言ってるところかな」とお話をするような感じ。「寒山拾得図屏風」は、寒山が「おーい、ええ月が出たのー」と拾得に呼びかけてるんです。
ヒナとかカエルとか、小さい生き物がかわいい。蝦蟇もかわいいよ(笑)。月影の鷹と、梟に起こされて眠そうな鷹もかわいい。皮肉っぽいんだけど、冷たい訳ではないよね。
朝田寺の「唐獅子図」、萌えーっていうか燃えーっ! 実際にお寺で見たい。
有名な極彩色の「群仙図屏風」は、色鮮やかさと衣の模様の細かさに撃ち抜かれました。蟠桃を食べたそうに上目遣いで伺っている穿山甲も可笑しい。
花押が毎回いい加減で、でもかっこいいのが良い。字ははっきり言って拙いよね。

ということで、大変面白かったです。途中、興奮し過ぎて疲れて立ったまま寝そうになったので、休憩所で20分程寝ました(笑)。展示替えがあるので、本当はあと2回行きたい。図版もリキ入ってます。このくらい作り込んでくれるなら、重いのを抱えて帰る甲斐があるというものです。

前日に行っておられたらしい納富さんの日記
posted by kul at 23:58| Comment(0) | TrackBack(2) | 美術展/イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする