作:竹内佑(デス電所)、演出:池田成志。出演は古田新太、八嶋智人、池田成志、松重豊、小田茜。
見終わって、makiさんとの第一声が2人とも「これは、アレだよね」と揃った。アレというのは『VAMP SHOW』のことなのだが、別にパクリというのではなくて、モチーフが似ている。演出が似ているのは、『VAMP SHOW』も池田成志の演出(初演は板垣恭一と共同演出)だったのだから、当然と言えば当然。こういうモチーフで、と成志と古田新太が脚本家に伝えて書いてもらっているのか、自由に書いてもらったらこういう話になったのか、どっちだろう。何にせよ、成志はホラーが好きだねえ。
似てるなと思うと違うところを比べてしまう訳だが、前段(?)の男4人がグダグダとくだらない無駄話を続けるあたりの必然性が、今回は薄いように思う。そっちは減らして、人間関係の謎解き部分を膨らませる方が良かったんじゃないのか。役者が上手いだけに、どうももったいなさが残る脚本だった。
久し振りに松重豊を舞台で見た。今回はいい人役で、デカい身体を小さくかがめて演じる様子が可愛いのだが、また怖い役も見たいです。でも本人がもう、そういうのは飽きちゃったのかもしれん(『地獄の警備員』とか、ZAZOUS THEATERとか)。
2008年04月14日
2008年03月10日
三月歌舞伎座 夜
芝翫の白井権八、富十郎の幡随院長兵衛で「御存知鈴ヶ森」。富十郎の長兵衛は、偉すぎなくて好きだ。どうでもいいけど、「浮世柄比翼稲妻」は因州(鳥取)を発端とするお話。平井権八屋敷跡の碑が学校の近くにあったけれど、実は実在の人物かどうかは不明なのだ(笑)。
藤十郎の喜寿記念、「京鹿子娘道成寺」。道行の衣装が、ちゃんと藤色であった。上方の道成寺は初めてだったが、何と言うか、派手ですね。それにしても、これで喜寿というのだから、歌舞伎役者さんは恐ろしい。藤十郎の花子ちゃんは、遅刻遅刻とトースト銜えて走っていって曲がり角で転校生とぶつかりそうな感じがします。今回は押し戻しのあるバージョンだったが、踊りのストーリーとしては鐘入りせずに上にのぼってあっさり終わる方がまとまりが良い気がする。
最後は菊五郎の佐七、時蔵の小糸で「江戸育お祭佐七」。以前に見た仁左衛門の佐七はいなせできりりと強気だったが、菊五郎の佐七はちょっと情けなくて格好つけのやせ我慢。時蔵の小糸と2人、純真で騙されやすい感じ。団蔵の倉田伴平、家橘のおてつがまた憎々しくて、好対照でした。
藤十郎の喜寿記念、「京鹿子娘道成寺」。道行の衣装が、ちゃんと藤色であった。上方の道成寺は初めてだったが、何と言うか、派手ですね。それにしても、これで喜寿というのだから、歌舞伎役者さんは恐ろしい。藤十郎の花子ちゃんは、遅刻遅刻とトースト銜えて走っていって曲がり角で転校生とぶつかりそうな感じがします。今回は押し戻しのあるバージョンだったが、踊りのストーリーとしては鐘入りせずに上にのぼってあっさり終わる方がまとまりが良い気がする。
最後は菊五郎の佐七、時蔵の小糸で「江戸育お祭佐七」。以前に見た仁左衛門の佐七はいなせできりりと強気だったが、菊五郎の佐七はちょっと情けなくて格好つけのやせ我慢。時蔵の小糸と2人、純真で騙されやすい感じ。団蔵の倉田伴平、家橘のおてつがまた憎々しくて、好対照でした。
2008年01月21日
志の輔らくごinPARCO PARCO劇場
PARCOの志の輔らくごは、元々年末に行われていたが、昨年から新年1月に行われるようになった。毎年3席。例年は初めに軽め(?)の新作を2つ、中入後に古典の人情もので締めて終わるという流れだったが、今年は映画の公開記念ということで、初めに新作「意義なし!」と古典から「宿屋の富」、中入後に「歓喜の歌」。「歓喜の歌」は2004年初演時にはPARCOの2席目だったので、今年の志の輔らくごは、最後までわーっとウキウキしたまま終わった感じ。
「歓喜の歌」はタイトルからもわかるように、本来は暮れのネタ。「宿屋の富」も宝くじだから、どちらかと言えば年末向けかも。スケジュールの都合で、ちょっと季節がずれてしまいました。
「意義なし!」。タイトルはカプコンのゲームのパロディか? マンションのエレベーターに監視カメラを設置するかどうかを、ビール飲みつつあーでもないこーでもないと話し合う自治会の衆。会議は踊る、されど進まず。くだらなくて良かったが、つなぎの締約国会議の映像(ニュース映像に、テキトーな字幕をつけたもの。どうでもいいけど正式名称が長過ぎる=「気候変動枠組条約第13回締約国会議・京都議定書第3回締約国会合(COP13・COP/MOP3)」)が面白すぎて、そっちに持って行かれてしまいました(苦笑)。
「宿屋の富」。志の輔さんの馬鹿馬鹿しい系の古典は珍しい? 法螺吹きも“富籤が当たったら”妄想もたっぷり。法螺吹きのところで、宿の亭主のお人好しさ・純真さがもっとあると良かった。主人公と亭主の、籤の番号を確かめるボケっぷりと、狼狽っぷりが可笑しい。
「歓喜の歌」。初演より枝葉を整理。すっきりしたけど、“ここ、クドくやるところ”“ここ、感動しどころ”というのがわかりやすくなり過ぎた気も。あらすじを覚えているから、そう思ってしまうのかな。
映画の公式サイトを見ると、“ガールズ”と“レディース”でグループの性格を分けてあるのね。原作の落語だとその辺はひとくくりだから、話を膨らませるには上手いやり方かと思う。
それにしても、休憩も入れて3時間の独演。1ヶ月公演。よく喉がもつものです。素晴らしい。
mixiで「食べたい」と書いていたら、納富さんが買ってきてくださいました。わーい!おいしゅうございました!

「歓喜の歌」はタイトルからもわかるように、本来は暮れのネタ。「宿屋の富」も宝くじだから、どちらかと言えば年末向けかも。スケジュールの都合で、ちょっと季節がずれてしまいました。
「意義なし!」。タイトルはカプコンのゲームのパロディか? マンションのエレベーターに監視カメラを設置するかどうかを、ビール飲みつつあーでもないこーでもないと話し合う自治会の衆。会議は踊る、されど進まず。くだらなくて良かったが、つなぎの締約国会議の映像(ニュース映像に、テキトーな字幕をつけたもの。どうでもいいけど正式名称が長過ぎる=「気候変動枠組条約第13回締約国会議・京都議定書第3回締約国会合(COP13・COP/MOP3)」)が面白すぎて、そっちに持って行かれてしまいました(苦笑)。
「宿屋の富」。志の輔さんの馬鹿馬鹿しい系の古典は珍しい? 法螺吹きも“富籤が当たったら”妄想もたっぷり。法螺吹きのところで、宿の亭主のお人好しさ・純真さがもっとあると良かった。主人公と亭主の、籤の番号を確かめるボケっぷりと、狼狽っぷりが可笑しい。
「歓喜の歌」。初演より枝葉を整理。すっきりしたけど、“ここ、クドくやるところ”“ここ、感動しどころ”というのがわかりやすくなり過ぎた気も。あらすじを覚えているから、そう思ってしまうのかな。
映画の公式サイトを見ると、“ガールズ”と“レディース”でグループの性格を分けてあるのね。原作の落語だとその辺はひとくくりだから、話を膨らませるには上手いやり方かと思う。
それにしても、休憩も入れて3時間の独演。1ヶ月公演。よく喉がもつものです。素晴らしい。
mixiで「食べたい」と書いていたら、納富さんが買ってきてくださいました。わーい!おいしゅうございました!
2007年12月10日
『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』PARCO劇場
マーティン・マクドナーの処女作にしてリナーン三部作のひとつ。長塚圭史演出。大竹しのぶ、白石加代子、田中哲司、長塚圭史。アイルランドの片田舎で閉塞した生活を送る母娘。何だかもう、母・白石加代子、娘・大竹しのぶという配役を見ただけで怖い。
かつて自分が閉じ込められてきた復讐をするように、娘モーリーンを束縛しようとする母マグ。芝居の内容とはまったく関係ないことだが、マグから連想する人があるため見ていて苦痛だった。白石加代子の表情が、また似てるんだ。思い返すのはストレスなので、モーリーンとマグの壮絶な悪意の応酬についてはパス。
パト役の田中哲司が清涼剤でした。相変わらず格好良い。そして相変わらずエロス担当。無意識に火種を振りまいていく(そして去っていく)役が多い気がする。演出家から見てもそういうイメージなんだろうか。
レイ役は、公演直前になって黒田勇樹が体調不良で降板し、長塚圭史になった。少々無邪気さに欠けるのは仕方がないが、本当はここでもっと悲劇がひき立つはずだったんだろうなーと思う。
ほぼマグとモーリーンの家のダイニングキッチンが舞台だが、2部の始めだけセットが少し前後に動いて、落書きされた壁が現れ、それだけでロンドンのパトの部屋になるのが上手かった。
幕切れで、ロッキングチェアに母そっくりの様子で座っていたモーリーンが立ち上がり、スーツケースを片付けに出て行くのだが、あれは母と同じ鎖に自ら繋がれに行くのではないと思いたい。そのためのラジオのリクエストだったんだと思うのだが。
かつて自分が閉じ込められてきた復讐をするように、娘モーリーンを束縛しようとする母マグ。芝居の内容とはまったく関係ないことだが、マグから連想する人があるため見ていて苦痛だった。白石加代子の表情が、また似てるんだ。思い返すのはストレスなので、モーリーンとマグの壮絶な悪意の応酬についてはパス。
パト役の田中哲司が清涼剤でした。相変わらず格好良い。そして相変わらずエロス担当。無意識に火種を振りまいていく(そして去っていく)役が多い気がする。演出家から見てもそういうイメージなんだろうか。
レイ役は、公演直前になって黒田勇樹が体調不良で降板し、長塚圭史になった。少々無邪気さに欠けるのは仕方がないが、本当はここでもっと悲劇がひき立つはずだったんだろうなーと思う。
ほぼマグとモーリーンの家のダイニングキッチンが舞台だが、2部の始めだけセットが少し前後に動いて、落書きされた壁が現れ、それだけでロンドンのパトの部屋になるのが上手かった。
幕切れで、ロッキングチェアに母そっくりの様子で座っていたモーリーンが立ち上がり、スーツケースを片付けに出て行くのだが、あれは母と同じ鎖に自ら繋がれに行くのではないと思いたい。そのためのラジオのリクエストだったんだと思うのだが。
2007年12月07日
『KANADEHON 忠臣蔵』花組芝居 世田谷パブリックシアター
全十一段の『仮名手本忠臣蔵』を2時間半に詰め込んだジェットコースター芝居。一気に観ると、ああこういう話の流れか!と改めて気がつくこともあって面白かった。
歌舞伎で「仮名手本忠臣蔵」全十一段を通し上演する場合、丸1日がかりとなる。それを2時間半で演じきろうというのだから、快挙であり暴挙。よくまとめたものだ、と石川耕士の脚本に感心する。しかも、ただのあらすじでは終わっていないのだ。
ポイントとなる場面を押さえて話はサクサク進んでいくが、起(高師直の顔世への邪恋)〜承(塩冶判官自害)〜転(由良之介ルートとお軽勘平ルートに分岐して再合流、由良之介ルートの結びとして加古川本蔵との因縁決着)〜結(天河屋義平から武器を入手し討ち入りへ)のダイナミックな流れが感じられ、全十一段でひとつの大きな物語であることがよくわかる。基本は歌舞伎に忠実に、少しだけギャグも取り交ぜてテンポがいい芝居。
大きなセットを使わない舞台美術も、全体のグルーヴ感を殺がないように工夫されていた。舞台幅を4分割して天井から互い違いに定式幕を垂らし、必要に応じて4ヵ所の幕を上げ下げして場面転換を行う。衣装は歌舞伎の定式だが、岡田嘉夫(オススメ)の描く揚羽蝶が儚く華やか。かと思えば、音楽は力強いアフリカンミックスの三味線。全体のバランスがとても良かった。
配役もそれぞれ「似合う似合う」と納得のいくものだったが、何と言っても白眉は九段目、山科閑居の場。座長の戸無瀬、山下さんのお石で火花散る散る女形対決! もうこれだけで満足です〜ありがと〜(うっとり)。植本さん(今回はお軽)も愛嬌を振りまく素敵な女形だが、座長vs植本ではこの迫力は出ない。配役の妙。お軽も恋しちゃってウキウキな感じで可愛かった!
女形対決に押されて九段目の本蔵(溝口)vs由良之介(桂)はやや影が薄かったが、それぞれ、二段目、四段目で主君や同輩と絡むところは良かった。桂さんもこういう腹の据わった役をやるようになったのかーと感慨深い。七段目で、分岐したストーリーを再びひとつの流れに引きまとめたのは、桂さんの手柄だろう。
あと、配役の妙と言えば水下さん。この人に「天河屋義平は男でござる」って言われるとクラクラしますね!
十一段目(討ち入り)は決まったストーリーや型のない場面だが、今回はたくさんの戸板/襖が行きかうスピード感のある殺陣で、周り道せずに師直を討ち取るところまで。格好良い。もっとたっぷりでも良かったが、さすがに時間が足りないね。
終幕後、加納座長による短いアフタートーク。毎日一段ずつ解説しているようで、この日は九段目。色彩の見事さは、十一段中随一、と。戸無瀬の緋色、小浪の白、お石が鼠と黒、力弥は江戸歌舞伎は黄八丈だが上方は紫でちょっと色っぽく(今回の衣装は上方風)。
ああ、面白かった!
余談。赤穂藩の家臣は総勢300人強だったのだそうで、仇討に参加したのはそのうち47人、約1/6(1/7?)。この数は多いのか、少ないのか。現代人の感覚だと十分多い気もするんだが、相手は「武士」で「主従」だからなあ。でもこの時代でもすでに時代錯誤な事件だったんだよなあ。忠臣蔵は、史実について調べるのも面白い。
元禄赤穂事件(Wikipedia)
脱盟者たちの忠臣蔵(NHK・その時歴史が動いた)
平穏な江戸中期に波風が立つことによって、当時のシステムや心情が透かし見えてくる。
もうひとつ余談。フォービアン・バワーズによる戦後初の忠臣蔵のキャスティング、見られるものなら見てみたかったですねえ。権力を持ったマニアは素晴らしいね(笑)。
歌舞伎で「仮名手本忠臣蔵」全十一段を通し上演する場合、丸1日がかりとなる。それを2時間半で演じきろうというのだから、快挙であり暴挙。よくまとめたものだ、と石川耕士の脚本に感心する。しかも、ただのあらすじでは終わっていないのだ。
ポイントとなる場面を押さえて話はサクサク進んでいくが、起(高師直の顔世への邪恋)〜承(塩冶判官自害)〜転(由良之介ルートとお軽勘平ルートに分岐して再合流、由良之介ルートの結びとして加古川本蔵との因縁決着)〜結(天河屋義平から武器を入手し討ち入りへ)のダイナミックな流れが感じられ、全十一段でひとつの大きな物語であることがよくわかる。基本は歌舞伎に忠実に、少しだけギャグも取り交ぜてテンポがいい芝居。
大きなセットを使わない舞台美術も、全体のグルーヴ感を殺がないように工夫されていた。舞台幅を4分割して天井から互い違いに定式幕を垂らし、必要に応じて4ヵ所の幕を上げ下げして場面転換を行う。衣装は歌舞伎の定式だが、岡田嘉夫(オススメ)の描く揚羽蝶が儚く華やか。かと思えば、音楽は力強いアフリカンミックスの三味線。全体のバランスがとても良かった。
配役もそれぞれ「似合う似合う」と納得のいくものだったが、何と言っても白眉は九段目、山科閑居の場。座長の戸無瀬、山下さんのお石で火花散る散る女形対決! もうこれだけで満足です〜ありがと〜(うっとり)。植本さん(今回はお軽)も愛嬌を振りまく素敵な女形だが、座長vs植本ではこの迫力は出ない。配役の妙。お軽も恋しちゃってウキウキな感じで可愛かった!
女形対決に押されて九段目の本蔵(溝口)vs由良之介(桂)はやや影が薄かったが、それぞれ、二段目、四段目で主君や同輩と絡むところは良かった。桂さんもこういう腹の据わった役をやるようになったのかーと感慨深い。七段目で、分岐したストーリーを再びひとつの流れに引きまとめたのは、桂さんの手柄だろう。
あと、配役の妙と言えば水下さん。この人に「天河屋義平は男でござる」って言われるとクラクラしますね!
十一段目(討ち入り)は決まったストーリーや型のない場面だが、今回はたくさんの戸板/襖が行きかうスピード感のある殺陣で、周り道せずに師直を討ち取るところまで。格好良い。もっとたっぷりでも良かったが、さすがに時間が足りないね。
終幕後、加納座長による短いアフタートーク。毎日一段ずつ解説しているようで、この日は九段目。色彩の見事さは、十一段中随一、と。戸無瀬の緋色、小浪の白、お石が鼠と黒、力弥は江戸歌舞伎は黄八丈だが上方は紫でちょっと色っぽく(今回の衣装は上方風)。
ああ、面白かった!
余談。赤穂藩の家臣は総勢300人強だったのだそうで、仇討に参加したのはそのうち47人、約1/6(1/7?)。この数は多いのか、少ないのか。現代人の感覚だと十分多い気もするんだが、相手は「武士」で「主従」だからなあ。でもこの時代でもすでに時代錯誤な事件だったんだよなあ。忠臣蔵は、史実について調べるのも面白い。
元禄赤穂事件(Wikipedia)
脱盟者たちの忠臣蔵(NHK・その時歴史が動いた)
平穏な江戸中期に波風が立つことによって、当時のシステムや心情が透かし見えてくる。
もうひとつ余談。フォービアン・バワーズによる戦後初の忠臣蔵のキャスティング、見られるものなら見てみたかったですねえ。権力を持ったマニアは素晴らしいね(笑)。
2007年10月26日
10月歌舞伎座夜
千穐楽。夜の部、まずは「怪談牡丹燈籠」の通し狂言。今回は歌舞伎用の河竹新七本ではなく、文学座のために書かれた大西信行の脚本。現代的というか、心理描写に重点をおいている点で落語に近いのかな。怪談として有名な新三郎(愛之助)とお露(七之助)の物語よりも、伴蔵(仁左衛門)とお峰(玉三郎)の因果応報譚がメインとなります。因果応報とはいうものの、お露さんの乳母のお米(吉之丞)に見込まれたばっかりに悲劇に巻き込まれて、気の毒な夫婦だ。お家乗っ取りを企んだ源次郎(錦之助)・お国(吉弥)は自業自得だけども。
大川の船上の場で始まって、場面のつなぎに円朝(三津五郎)が登場し、今、高座でこの物語を語っているという趣向。歌舞伎の「千秋楽」は、芝居小屋は「火」を嫌うので「千穐楽」と書く、という話を枕に、新三郎にお露の訃報が届くところまで語って、再び幕が上がると新三郎の家。からーんころーんと駒下駄の音を響かせてお露とお米が訪ねてくる。幽霊に生者用の光を当てない照明が上手い。
で、骸骨のお露さんを見てしまった伴蔵が長屋へ戻ってきて、お峰とやり取りになるのだが、玉三郎のガラが悪くてしたたかなおばちゃん(という年でもないのだろうが)振りが可笑しいやらかわいいやら、吃驚した。最初に仁左・玉で牡丹燈籠と聞いたときに、てっきり玉さんがお露さんかと思ったもので、ギャップがものすごくて(笑)。仁左衛門の伴蔵も当然のごとくかわいくて、お札はがしに至るくだりがドタバタと息が合って面白く、さすがベストカップル(?)だなあと思う。
二幕は一年後の栗橋に場面が移り、伴蔵・お峰は大店関口屋の主人とお内儀となっている。お峰が久蔵(三津五郎)から伴蔵とお国の仲を聞きだすところ、巧みに話を向けて聞いてる間にどんどん腹が立ち、ぷちんと切れて「悔しいねえ」の台詞に行くまでの流れが見事。夜更けに伴蔵の帰りを待って、筋道立ててジワジワと締め上げていくのに、最後は感情が先に立って悔しい悲しい寂しいで何が何だかわからなくなっちゃう感じ。玉三郎が本当に上手い! 対する伴蔵も、女房に頭が上がらずに甘えてごまかしてしまおうとする様子が実にリアル。ただの夫婦喧嘩がこんなに面白いなんて。そうして、面白いうちにも、お峰の寄る辺のない心細い心情と、伴蔵に殺意が芽生えたことを感じさせる。関口屋夜更けの場が白眉でした。
そして翌日、大詰めは幸手堤の殺しの場。久しぶりに夫婦で出かけ、うきうきと帰るお峰。ふっとした中に、明らかな殺意が見える伴蔵。怖いよう。匕首と傘との立ち回りだけが歌舞伎らしい演出。殺してしまってからふらふらと死骸を抱いて「お峰ッ」と叫ぶ伴蔵…。伴蔵もお峰も根っからの悪人でなく、一時の欲に迷った末に悲劇に至るのが哀れ。
締めは三津五郎の「奴道成寺」。三津五郎の踊りは、日本舞踊の形がぴしッぴしッと決まっていくのが美しく心地よい。舞踊はよくわからないが、振り付けがただの動きで終わっていない踊りはわかる気がする。鐘に上ってぱっと華やかにぶっかえって幕。
大川の船上の場で始まって、場面のつなぎに円朝(三津五郎)が登場し、今、高座でこの物語を語っているという趣向。歌舞伎の「千秋楽」は、芝居小屋は「火」を嫌うので「千穐楽」と書く、という話を枕に、新三郎にお露の訃報が届くところまで語って、再び幕が上がると新三郎の家。からーんころーんと駒下駄の音を響かせてお露とお米が訪ねてくる。幽霊に生者用の光を当てない照明が上手い。
で、骸骨のお露さんを見てしまった伴蔵が長屋へ戻ってきて、お峰とやり取りになるのだが、玉三郎のガラが悪くてしたたかなおばちゃん(という年でもないのだろうが)振りが可笑しいやらかわいいやら、吃驚した。最初に仁左・玉で牡丹燈籠と聞いたときに、てっきり玉さんがお露さんかと思ったもので、ギャップがものすごくて(笑)。仁左衛門の伴蔵も当然のごとくかわいくて、お札はがしに至るくだりがドタバタと息が合って面白く、さすがベストカップル(?)だなあと思う。
二幕は一年後の栗橋に場面が移り、伴蔵・お峰は大店関口屋の主人とお内儀となっている。お峰が久蔵(三津五郎)から伴蔵とお国の仲を聞きだすところ、巧みに話を向けて聞いてる間にどんどん腹が立ち、ぷちんと切れて「悔しいねえ」の台詞に行くまでの流れが見事。夜更けに伴蔵の帰りを待って、筋道立ててジワジワと締め上げていくのに、最後は感情が先に立って悔しい悲しい寂しいで何が何だかわからなくなっちゃう感じ。玉三郎が本当に上手い! 対する伴蔵も、女房に頭が上がらずに甘えてごまかしてしまおうとする様子が実にリアル。ただの夫婦喧嘩がこんなに面白いなんて。そうして、面白いうちにも、お峰の寄る辺のない心細い心情と、伴蔵に殺意が芽生えたことを感じさせる。関口屋夜更けの場が白眉でした。
そして翌日、大詰めは幸手堤の殺しの場。久しぶりに夫婦で出かけ、うきうきと帰るお峰。ふっとした中に、明らかな殺意が見える伴蔵。怖いよう。匕首と傘との立ち回りだけが歌舞伎らしい演出。殺してしまってからふらふらと死骸を抱いて「お峰ッ」と叫ぶ伴蔵…。伴蔵もお峰も根っからの悪人でなく、一時の欲に迷った末に悲劇に至るのが哀れ。
締めは三津五郎の「奴道成寺」。三津五郎の踊りは、日本舞踊の形がぴしッぴしッと決まっていくのが美しく心地よい。舞踊はよくわからないが、振り付けがただの動きで終わっていない踊りはわかる気がする。鐘に上ってぱっと華やかにぶっかえって幕。
2007年10月22日
『犯さん哉』PARCO劇場
ケラ×古田新太。何をやるのかと思ったら、健康や初期のナイロンを思い出すようなナンセンスコメディだった。周りも含めて、いい役者で全力でこういう芝居をやってくれると嬉しくなる。ケラも最近シリアスが多くて、ひたすらくだらなく馬鹿馬鹿しく吹っ切れた芝居がやりたくなったんだろう。最後は古田新太のケツで終わりたかっただけだと思う。しかし微妙に起承転結があったのは、PARCO劇場8500円に遠慮してでしょうか。
どうでもいいが、姜暢雄の下着姿のお姉さんは色っぽかったです。
どうでもいいが、姜暢雄の下着姿のお姉さんは色っぽかったです。
2007年10月19日
ゲキ×シネ『朧の森に棲む鬼』
ゲキ×シネとは、舞台演劇を、デジタルシネマを使って映画館の大スクリーン用の映像表現に置き換えたもの。2004年より現在までに、新感線の5作品が映像化されている。これまで単館上映がほとんどだったが、新作の『朧…』でついに全国公開となった。
ゲキ×シネ作品を見るのはこれが初めてなので、他作品については知らないが、演劇とも映画とも違う面白い表現になっていると思った。
舞台演劇を普通に映像化すると、せいぜいカメラ3・4台で正面+左右のアングル、時折役者のクローズアップが入る程度のカット割。音響も平面的で、劇場のLIVE感がなくなってしまっているものが多い。
今回の『朧…』では、まずカメラ15台による撮影でアングルが豊富。芝居を観ているとき、観客は常に舞台上全体を見ているわけではなくて、役者の顔や手にズームインしたり、アオリを入れてみたり、急に引いて舞台装置の美しさに驚いたり、頭の中で勝手にいろんな編集を行っている。それをきちんとストーリーに合わせて映像に落とし込んで編集してくれた。ナマでは遠かったり角度が悪かったりして見えない細かい表情や仕草だけでなく、制作側は見せたくないだろうが鬘の継ぎ目や舞台化粧、汗などが見えるのも興味深い。LIVE感を殺さないために、よく考えられている。セリフや歌がはっきり聞き取れるのもいいね(苦笑)。
この形態で映像化できるほど予算のある作品は少ないだろうが、舞台演劇を映像化するにあたって、こういう方向で単なる記録でなく再編集するつもりで作ってくれる作品が増えるといいなあ。
ゲキ×シネ作品を見るのはこれが初めてなので、他作品については知らないが、演劇とも映画とも違う面白い表現になっていると思った。
舞台演劇を普通に映像化すると、せいぜいカメラ3・4台で正面+左右のアングル、時折役者のクローズアップが入る程度のカット割。音響も平面的で、劇場のLIVE感がなくなってしまっているものが多い。
今回の『朧…』では、まずカメラ15台による撮影でアングルが豊富。芝居を観ているとき、観客は常に舞台上全体を見ているわけではなくて、役者の顔や手にズームインしたり、アオリを入れてみたり、急に引いて舞台装置の美しさに驚いたり、頭の中で勝手にいろんな編集を行っている。それをきちんとストーリーに合わせて映像に落とし込んで編集してくれた。ナマでは遠かったり角度が悪かったりして見えない細かい表情や仕草だけでなく、制作側は見せたくないだろうが鬘の継ぎ目や舞台化粧、汗などが見えるのも興味深い。LIVE感を殺さないために、よく考えられている。セリフや歌がはっきり聞き取れるのもいいね(苦笑)。
この形態で映像化できるほど予算のある作品は少ないだろうが、舞台演劇を映像化するにあたって、こういう方向で単なる記録でなく再編集するつもりで作ってくれる作品が増えるといいなあ。
2007年10月16日
『World's Wing 翼 Premium 2007』日生劇場
ありがたい友人のおかげで普段は観に行かないものを観ることがあります。というわけで今井翼のダンス公演へ。地上波TVをほとんど見ていないもので、ジャニーズはさっぱりわかりません(ちょっと前まではKAT-TUNを「かっつん」と読んでいたくらいだ)。
ストーリーやセリフは無しのダンスショー。ダンスもよくわからんが、十数人で踊っていても目を惹く踊りというのはあるもので、Jr.の小柄な子(山本亮太?)が上手いなあいいなあとついついそこに目が行ってしまった。今井翼は主演ということもあってか、きちんと正しいダンス。もう少し崩しても、色気が出ていいんじゃないかと思う。負傷の話を聞いていたので、頑張れ頑張れという感じで見てました。
衣装からの連想もあるけれど、ジャニーズと特撮って、カッコよさと可笑しさの質が似ていると思う。今回みたいなソロは、特撮の悪の組織だよね。中ボスで出てくる妙に美形の参謀とか将軍とかに通じる。で、5・6人のユニットだと主人公側の戦隊になる。似てませんかね?
ストーリーやセリフは無しのダンスショー。ダンスもよくわからんが、十数人で踊っていても目を惹く踊りというのはあるもので、Jr.の小柄な子(山本亮太?)が上手いなあいいなあとついついそこに目が行ってしまった。今井翼は主演ということもあってか、きちんと正しいダンス。もう少し崩しても、色気が出ていいんじゃないかと思う。負傷の話を聞いていたので、頑張れ頑張れという感じで見てました。
衣装からの連想もあるけれど、ジャニーズと特撮って、カッコよさと可笑しさの質が似ていると思う。今回みたいなソロは、特撮の悪の組織だよね。中ボスで出てくる妙に美形の参謀とか将軍とかに通じる。で、5・6人のユニットだと主人公側の戦隊になる。似てませんかね?
2007年09月24日
『SWAクリエイティブツアー』新宿明治安田生命ホール
今回はそれぞれの噺で繋げられそうなものを繋げてみよう、ということで、「明日の朝焼け」と題して“たかし”君の11歳から還暦までの物語。三遊亭白鳥「恋するヘビ女」→春風亭昇太「夫婦に乾杯」→林家彦いち「臼親父」→柳家喬太郎「明日に架ける橋」を休憩を挟まず一気に語り聞かせるという趣向です。
「SWAクリエイティブツアーは新作ネタおろしの会ではないよ」という旨、昇太さんの前説があって、それはいいんだが、別々の噺を無理やり繋げる意図はよくわからん。ヘビ女のおばちゃんの強烈さがすべてをなし崩しにOKにしてしまうが(笑)。こうしてみると、落語の主人公というのは“普通の人”なんだな。たかし君はあまり変化しないが、奥さんの変化が激しい。
前回に続き山陽さんが不在だったが、特に説明はなかった。何ででしょ?
「SWAクリエイティブツアーは新作ネタおろしの会ではないよ」という旨、昇太さんの前説があって、それはいいんだが、別々の噺を無理やり繋げる意図はよくわからん。ヘビ女のおばちゃんの強烈さがすべてをなし崩しにOKにしてしまうが(笑)。こうしてみると、落語の主人公というのは“普通の人”なんだな。たかし君はあまり変化しないが、奥さんの変化が激しい。
前回に続き山陽さんが不在だったが、特に説明はなかった。何ででしょ?
2007年09月13日
『志の輔らくご ひとり大劇場』国立大劇場
国立劇場。それも演芸場でも小劇場でもなく、大劇場での落語である。それに相応しい仕掛けをちゃんと用意してあるところが素晴らしい。
開演前は、めくりがポツンと、黒背景の舞台中央に置かれている。間口が広くて落ち着かないと思ったが、開演すると回り舞台が動きだす。背景の黒い壁がぐるりと回ると、半円形の白い(金色の?)壁が取り囲む中に高座が現れる。後ろが半円になっているので、間口奥行きの広さが気にならなくなるのだ。上手いな。でもそれは、前提として志の輔さんの噺の上手さがあるから、“空間が持つ”のだ。
下手より志の輔さん登場。ちょうど安倍首相が退陣を発表したもので、時事ネタを入れながら「バールのようなもの」。CDで聞いたことがあるが、生は初めて。小ネタが結構違うのね。
回り舞台がまた回ると、出囃子の方々が登場。顔見せを兼ねた演奏の後、再び回って高座に戻ると板付きで志の輔さん。「八五郎出世せず」。殿様が士分に取り立てようとするのをお断りするので「出世せず」。ひろ〜いお屋敷をキョトキョトしながら「へーや(部屋)、へーや、へーや」「こっちは、にーわ(庭)、にーわ、にーわ」と歩いて行く様子がかわいい。
中入り後、「政談月の鏡」。“円朝の失敗作”とのこと。上演されたことがないらしい。何故なら、面白くないから。
落語は普通、一人の人物を主軸に置いて、時間軸を縦に追って行く。だから、先にこういうことがあったという仕込みの部分を踏まえて、誰かにいたずらを仕掛けたとか、先の出来事を真似したのに失敗しちゃったという流れを、観客はすべて知っていて笑うのだ。
観客に事前情報を与えずに、時間軸を横切りにして大勢の登場人物をリアルタイムで追って行く『24』のようなサスペンスは、落語には難しい。円朝はこの作品でサスペンスをやろうとしたのじゃないか。せっかく国立大劇場を使うので、ちょっとやってみよう、との前説で始まる。
長屋に暮らす浪人親子、浪人の屋敷勤めの弟、長屋の人々、怪しい侍、小間物屋夫婦、岡っ引き達、吉原の女郎、口入屋の婆さん、牢番、お奉行様、と、多種多様な登場人物。確かに、絵がないので場面転換を示すのは難しい。演じ分けの苦手な人には無理だろうと思うが、志の輔さんだと、会話だけで別の人物のパートが始まったことがちゃんとわかるのだ。
それでもゴチャゴチャしてくると…
突然暗転。舞台後ろの半円の壁に、デジタル表示の時刻! さらに物語に沿った時代劇のカットが、ダン!ダン!ダン!と映し出される! SEはもちろん『24』のCM前の例のアレ。場内大ウケ、拍手! このための、あの背景なのか、と感心しきりである。志の輔らくごは、本当に舞台演出が凝っていて楽しい。その後も2度ほどこのアイキャッチが入った。会話だけで話を追って行くので、アイキャッチのときにト書き代わりに軽く説明を入れ、ダレるのを防ぐ効果もあるのだ。
実際のところ、「政談月の鏡」の物語自体は、特に面白くはなかったのだが(苦笑)、演じ方と演出が素晴らしく、「落語はサスペンスに向かない」と言いつつも、やろうと思えば落語でサスペンスだってできるよ!という意気を感じるものだった。いやもう、志の輔さん、お疲れ様でした。
余談だが、「政談月の鏡」は講談でやったら面白いのかもしれない。
開演前は、めくりがポツンと、黒背景の舞台中央に置かれている。間口が広くて落ち着かないと思ったが、開演すると回り舞台が動きだす。背景の黒い壁がぐるりと回ると、半円形の白い(金色の?)壁が取り囲む中に高座が現れる。後ろが半円になっているので、間口奥行きの広さが気にならなくなるのだ。上手いな。でもそれは、前提として志の輔さんの噺の上手さがあるから、“空間が持つ”のだ。
下手より志の輔さん登場。ちょうど安倍首相が退陣を発表したもので、時事ネタを入れながら「バールのようなもの」。CDで聞いたことがあるが、生は初めて。小ネタが結構違うのね。
回り舞台がまた回ると、出囃子の方々が登場。顔見せを兼ねた演奏の後、再び回って高座に戻ると板付きで志の輔さん。「八五郎出世せず」。殿様が士分に取り立てようとするのをお断りするので「出世せず」。ひろ〜いお屋敷をキョトキョトしながら「へーや(部屋)、へーや、へーや」「こっちは、にーわ(庭)、にーわ、にーわ」と歩いて行く様子がかわいい。
中入り後、「政談月の鏡」。“円朝の失敗作”とのこと。上演されたことがないらしい。何故なら、面白くないから。
落語は普通、一人の人物を主軸に置いて、時間軸を縦に追って行く。だから、先にこういうことがあったという仕込みの部分を踏まえて、誰かにいたずらを仕掛けたとか、先の出来事を真似したのに失敗しちゃったという流れを、観客はすべて知っていて笑うのだ。
観客に事前情報を与えずに、時間軸を横切りにして大勢の登場人物をリアルタイムで追って行く『24』のようなサスペンスは、落語には難しい。円朝はこの作品でサスペンスをやろうとしたのじゃないか。せっかく国立大劇場を使うので、ちょっとやってみよう、との前説で始まる。
長屋に暮らす浪人親子、浪人の屋敷勤めの弟、長屋の人々、怪しい侍、小間物屋夫婦、岡っ引き達、吉原の女郎、口入屋の婆さん、牢番、お奉行様、と、多種多様な登場人物。確かに、絵がないので場面転換を示すのは難しい。演じ分けの苦手な人には無理だろうと思うが、志の輔さんだと、会話だけで別の人物のパートが始まったことがちゃんとわかるのだ。
それでもゴチャゴチャしてくると…
突然暗転。舞台後ろの半円の壁に、デジタル表示の時刻! さらに物語に沿った時代劇のカットが、ダン!ダン!ダン!と映し出される! SEはもちろん『24』のCM前の例のアレ。場内大ウケ、拍手! このための、あの背景なのか、と感心しきりである。志の輔らくごは、本当に舞台演出が凝っていて楽しい。その後も2度ほどこのアイキャッチが入った。会話だけで話を追って行くので、アイキャッチのときにト書き代わりに軽く説明を入れ、ダレるのを防ぐ効果もあるのだ。
実際のところ、「政談月の鏡」の物語自体は、特に面白くはなかったのだが(苦笑)、演じ方と演出が素晴らしく、「落語はサスペンスに向かない」と言いつつも、やろうと思えば落語でサスペンスだってできるよ!という意気を感じるものだった。いやもう、志の輔さん、お疲れ様でした。
余談だが、「政談月の鏡」は講談でやったら面白いのかもしれない。
2007年09月04日
『犬顔家の一族の陰謀〜金田真一耕助之介の事件です。ノート〜』劇団☆新感線 サンシャイン劇場
久しぶりの夏のおバカネタ、チャンピオン祭り。劇団のフルメンバー(?)に、宮藤官九郎、勝地涼、池田成志、小松和重、木野花のゲスト陣を加えておきながら、いい役者を惜しげもなく無駄遣いする贅沢! 赤鬼になれる木野花さんが大好きだ。
『犬神家の一族』と『柳生一族の陰謀』のパロディかと思っていたら、ミュージカルネタで始まり、日本昔話があって、オチは…ときた。よく見たら、ちゃんとタイトルに書いてあったよ。やられました。
毒っ気と下ネタてんこ盛りで、後には何にも残さない3時間。いのうえ歌舞伎もいいけれど、新感線の基本はやっぱりこれでしょう。これでもかと突っ込んだパロディで細部まで手を抜かずに作り込んであって、皆さんちょっと、シリアス路線に疲れてたのかなというはじけっぷりであった。役者が途中で素に戻って笑い出したりするのは、普段はあまり好きではないのだが、今回はもう可笑しいんだから仕方がないね。役者が楽しく、かつ自信持って芝居できているのは確実に客席に伝わるもので、気持ちよく手叩いて笑わせてもらいました。
シリアス路線の大作よりも、こういうおバカネタをやるときの方が、新感線の底の厚さを感じる。看板役者だけでなくほかのすべてのメンバーが、呼吸を揃えて身体を張って笑いを取りに行けるというのは凄いと思います。
『犬神家の一族』と『柳生一族の陰謀』のパロディかと思っていたら、ミュージカルネタで始まり、日本昔話があって、オチは…ときた。よく見たら、ちゃんとタイトルに書いてあったよ。やられました。
毒っ気と下ネタてんこ盛りで、後には何にも残さない3時間。いのうえ歌舞伎もいいけれど、新感線の基本はやっぱりこれでしょう。これでもかと突っ込んだパロディで細部まで手を抜かずに作り込んであって、皆さんちょっと、シリアス路線に疲れてたのかなというはじけっぷりであった。役者が途中で素に戻って笑い出したりするのは、普段はあまり好きではないのだが、今回はもう可笑しいんだから仕方がないね。役者が楽しく、かつ自信持って芝居できているのは確実に客席に伝わるもので、気持ちよく手叩いて笑わせてもらいました。
シリアス路線の大作よりも、こういうおバカネタをやるときの方が、新感線の底の厚さを感じる。看板役者だけでなくほかのすべてのメンバーが、呼吸を揃えて身体を張って笑いを取りに行けるというのは凄いと思います。
2007年08月30日
『ザ・漱石』花組芝居オフシアター 「劇」小劇場
入口で山下さんにお出迎えされて、思わず挨拶(笑)。前座の原川さんの落語には間に合わず。
番外公演・花オフの第4回。大野裕明氏の作・演出。作品をコラージュしながら漱石の半生と明治の文人達を語る。出演は大井、各務、秋葉、松原、丸川の5人。大井さんが漱石で、久しぶりにたっぷり見られた。
作中に名前の出てきた漱石、鴎外、一葉、小泉八雲、正岡子規(あと、夏目鏡子/笑)のほかに、鈴木三重吉、高浜虚子、芥川龍之介らしき人物が登場。場面ごとに、ほかにも人物が出てきたけれどよくわからない。
物語は全体にドタバタとコミカルに進んでいくが、『夢十夜』をモチーフにした漱石と一葉のくだりはきれいだった。一葉はかつて漱石の兄との縁談が破談となっているのだが、一葉と漱石はひそかに惹かれあっていた、というもの。「百年待って」と百合を背景に静かに一葉は言うが、そのすぐ後に鴎外が乱入してきてドタバタに(笑)。漱石と鴎外を明確にライバルとして描いているのだけれど、当時、実際にはどれくらい意識しあっていたのだろう。様々な肩書の一つとして作家である鴎外と、権威の外から物を見ようとする漱石。漱石が、お札になってるのは自分と一葉と新渡戸稲造と諭吉先生!あんたは切手だけ!といぢめるのが面白かった。
漱石が出てくる芝居では、燐光群の『漱石とヘルン』をもう一度見たい。漱石と八雲(ヘルン=ハーンね)の架空の出会い、漱石と子規と鏡子の関係を描いたもの。坂手洋二氏の小泉八雲シリーズでは、『神々の国の首都』も見たい。こちらは八雲の出雲時代の話。公演記録を見たら、『漱石とヘルン』上演は、もう10年前でしたわ。早いなあ…。
番外公演・花オフの第4回。大野裕明氏の作・演出。作品をコラージュしながら漱石の半生と明治の文人達を語る。出演は大井、各務、秋葉、松原、丸川の5人。大井さんが漱石で、久しぶりにたっぷり見られた。
作中に名前の出てきた漱石、鴎外、一葉、小泉八雲、正岡子規(あと、夏目鏡子/笑)のほかに、鈴木三重吉、高浜虚子、芥川龍之介らしき人物が登場。場面ごとに、ほかにも人物が出てきたけれどよくわからない。
物語は全体にドタバタとコミカルに進んでいくが、『夢十夜』をモチーフにした漱石と一葉のくだりはきれいだった。一葉はかつて漱石の兄との縁談が破談となっているのだが、一葉と漱石はひそかに惹かれあっていた、というもの。「百年待って」と百合を背景に静かに一葉は言うが、そのすぐ後に鴎外が乱入してきてドタバタに(笑)。漱石と鴎外を明確にライバルとして描いているのだけれど、当時、実際にはどれくらい意識しあっていたのだろう。様々な肩書の一つとして作家である鴎外と、権威の外から物を見ようとする漱石。漱石が、お札になってるのは自分と一葉と新渡戸稲造と諭吉先生!あんたは切手だけ!といぢめるのが面白かった。
漱石が出てくる芝居では、燐光群の『漱石とヘルン』をもう一度見たい。漱石と八雲(ヘルン=ハーンね)の架空の出会い、漱石と子規と鏡子の関係を描いたもの。坂手洋二氏の小泉八雲シリーズでは、『神々の国の首都』も見たい。こちらは八雲の出雲時代の話。公演記録を見たら、『漱石とヘルン』上演は、もう10年前でしたわ。早いなあ…。
2007年07月22日
『砂利』劇団♪♪ダンダンブエノ スパイラルホール
近藤芳正主催のダンダンブエノの公演は、何故かこれまで見に行っていなかった。坂東三津五郎が初めて小劇場系の舞台に立つというので、見に行く。
作・本谷有希子、演出・倉持裕。うーむ。戯曲を読んで、本谷有希子作品は合いそうにないと思い、これまで見たことがなかった。見てみたらやっぱり、好きな役者が出ているにしても人には向き不向きがあるな、と。切迫感をヒステリックな表現だけで表されるのは苦手なのだ。役者にとっても、その人にその台詞は無理があるだろう、というのはあると思う。片桐はいりはヒステリックにずれた芝居をリアリティ持って見せられるけれど、田中美里はしゃべればしゃべるだけ無理を感じる、とか。決して田中美里のせいではなくて、同じ不条理にしても彼女をこういう台詞(口調)でしゃべらせる必要性を感じない。この台詞回しが本谷作品だと言えばそれまでなんだが。三津五郎さんは案外はまっていて、楽しそうでした。でも、この役を三津五郎さんでなくても、とは思う。
当初予定の日に行けなくなったので追加公演を取り直したら、前方の平場の席が取れた。椅子は千鳥に置いてあったが、しゃがんだ芝居も多くて人の頭であまり見えませんでした(苦笑)。今回は後方の席の方が良席。
どうでもいいけれど、席に置いてあるチラシの厚さに吃驚した。1.5cmはあったよ!
作・本谷有希子、演出・倉持裕。うーむ。戯曲を読んで、本谷有希子作品は合いそうにないと思い、これまで見たことがなかった。見てみたらやっぱり、好きな役者が出ているにしても人には向き不向きがあるな、と。切迫感をヒステリックな表現だけで表されるのは苦手なのだ。役者にとっても、その人にその台詞は無理があるだろう、というのはあると思う。片桐はいりはヒステリックにずれた芝居をリアリティ持って見せられるけれど、田中美里はしゃべればしゃべるだけ無理を感じる、とか。決して田中美里のせいではなくて、同じ不条理にしても彼女をこういう台詞(口調)でしゃべらせる必要性を感じない。この台詞回しが本谷作品だと言えばそれまでなんだが。三津五郎さんは案外はまっていて、楽しそうでした。でも、この役を三津五郎さんでなくても、とは思う。
当初予定の日に行けなくなったので追加公演を取り直したら、前方の平場の席が取れた。椅子は千鳥に置いてあったが、しゃがんだ芝居も多くて人の頭であまり見えませんでした(苦笑)。今回は後方の席の方が良席。
どうでもいいけれど、席に置いてあるチラシの厚さに吃驚した。1.5cmはあったよ!
2007年07月09日
2007年05月29日
2007年05月17日
『藪原検校』シアター・コクーン
脚本:井上ひさし、演出:蜷川幸雄。ホンキの古田新太を見たくて観に行った芝居だったが、何より印象に残ったのは、井上ひさしの凄さだった。
古田新太について、大ファンではあるのだが、この頃はいつも、既に持っているものの中から演技しているように感じていた。そういう役ばかりをふりたくなる気持ちはわかるのだけれど。今回、外部、しかも蜷川演出での主演で、何か別のものが出てくるんじゃないかと期待しながら出かけた訳です。普段、「俺は己の力でのし上がる」ということに微塵も疑いを持ってない役が多いが、今回の杉の市は「上がれるかどうかはわからないけどやるんだよ」という感じ。いっぱいいっぱいで頑張っている者のいじらしさは見えた。
杉の市の古田新太と、盲太夫の壌晴彦を除くと、ほとんどの役者が数役を兼ねる。塙保己一の段田安則が良かった。最後の、松平定信へ献策を行う場面。自分で、誰を怒り憎んでいるのかわからなくなっている感じ。自分と逆の道を辿り結果的に盲の評判を下げることになった杉の市(二代目藪原検校)なのか、盲の台頭を排除しようとする晴眼者なのか、杉の市と同じ盲である自分に献策をさせる松平定信なのか、晴眼者の権力者の側近くに侍る自分なのか。
お市の田中裕子、生で観るのは初めて。きれいで色っぽかった。山椒大夫を語る場面が良かった。
今回、細目の古田はともかく他の俳優陣は皆ギョロ目に下瞼がふくらんだ容貌で、座頭達のどぎつい物語を際立たせるには、皮肉っぽくもよいキャスティングだったと思う。出ずっぱりで語り続けの壌晴彦が素晴らしかった。赤崎郁洋のアコースティックギターによる津軽三味線風(?)BGMも。
どぎつい物語のはずなんだよね。でも観終わって案外あっさりした印象なのは、笑いや軽みを入れた演出だったからか。役者vs演出vs脚本で、いちばん勝ったのは脚本の面白さだったかなと。
古田新太について、大ファンではあるのだが、この頃はいつも、既に持っているものの中から演技しているように感じていた。そういう役ばかりをふりたくなる気持ちはわかるのだけれど。今回、外部、しかも蜷川演出での主演で、何か別のものが出てくるんじゃないかと期待しながら出かけた訳です。普段、「俺は己の力でのし上がる」ということに微塵も疑いを持ってない役が多いが、今回の杉の市は「上がれるかどうかはわからないけどやるんだよ」という感じ。いっぱいいっぱいで頑張っている者のいじらしさは見えた。
杉の市の古田新太と、盲太夫の壌晴彦を除くと、ほとんどの役者が数役を兼ねる。塙保己一の段田安則が良かった。最後の、松平定信へ献策を行う場面。自分で、誰を怒り憎んでいるのかわからなくなっている感じ。自分と逆の道を辿り結果的に盲の評判を下げることになった杉の市(二代目藪原検校)なのか、盲の台頭を排除しようとする晴眼者なのか、杉の市と同じ盲である自分に献策をさせる松平定信なのか、晴眼者の権力者の側近くに侍る自分なのか。
お市の田中裕子、生で観るのは初めて。きれいで色っぽかった。山椒大夫を語る場面が良かった。
今回、細目の古田はともかく他の俳優陣は皆ギョロ目に下瞼がふくらんだ容貌で、座頭達のどぎつい物語を際立たせるには、皮肉っぽくもよいキャスティングだったと思う。出ずっぱりで語り続けの壌晴彦が素晴らしかった。赤崎郁洋のアコースティックギターによる津軽三味線風(?)BGMも。
どぎつい物語のはずなんだよね。でも観終わって案外あっさりした印象なのは、笑いや軽みを入れた演出だったからか。役者vs演出vs脚本で、いちばん勝ったのは脚本の面白さだったかなと。
2007年05月15日
五月大歌舞伎 新橋演舞場 昼
叔父・叔母・母のガイド役で観劇の御相伴。女子高生の舞台鑑賞が入っていたが、一等席で鑑賞なのね。若いうちから贅沢だなあ。東京の生徒達は羨ましい。
で、最初の演目が「鳴神」。染五郎の上人、芝雀の雲の絶間姫。歌舞伎って、エロエロ猥雑で馬鹿馬鹿しいんですよー、構えないで見に来てねーというには良い出し物かもしれない(笑)。染五郎の鳴神上人は、最初っから姫に興味津々に見える。
「鬼平犯科帳 大川の隠居」は今回の書き下ろし。原作で人気の高い「大川の隠居」の戯曲化。立ち回りのない、鬼平と老盗の人情もの。歌六の友五郎が、平蔵に負けず劣らずの存在感で良かった。2幕目に意味もなく左馬之助(富十郎)が出たり、佐嶋様(段四郎)や酒井様(錦之助)が出たり、忠吾(松江)が目立っていたりするが、原作ファンでないとよくわからないのではないかしらん。
最後の「釣女」では、さっき粂八で平蔵に遣われていた歌昇が太郎冠者で、平蔵だった吉右衛門が醜女。話の筋も可笑しいが、前の演目の役とのギャップがまた可笑しい。
で、最初の演目が「鳴神」。染五郎の上人、芝雀の雲の絶間姫。歌舞伎って、エロエロ猥雑で馬鹿馬鹿しいんですよー、構えないで見に来てねーというには良い出し物かもしれない(笑)。染五郎の鳴神上人は、最初っから姫に興味津々に見える。
「鬼平犯科帳 大川の隠居」は今回の書き下ろし。原作で人気の高い「大川の隠居」の戯曲化。立ち回りのない、鬼平と老盗の人情もの。歌六の友五郎が、平蔵に負けず劣らずの存在感で良かった。2幕目に意味もなく左馬之助(富十郎)が出たり、佐嶋様(段四郎)や酒井様(錦之助)が出たり、忠吾(松江)が目立っていたりするが、原作ファンでないとよくわからないのではないかしらん。
最後の「釣女」では、さっき粂八で平蔵に遣われていた歌昇が太郎冠者で、平蔵だった吉右衛門が醜女。話の筋も可笑しいが、前の演目の役とのギャップがまた可笑しい。
2007年05月13日
團菊祭 歌舞伎座 昼
小平から帰宅して、今度は母と歌舞伎座へ。西の桟敷に見た顔があって、花道を向くたび目に入って気になった(笑)。
「女暫」羽左衛門さんの七回忌追善狂言で、萬次郎の巴御前。強い女の気迫がビンビン伝わってきて、とても良かった。引っ込み前に幕外で口上があり、そこから女形の素になって戻って行こうとするのを、舞台番の三津五郎が出てきて呼び止める。「暫」で引っ込みをやらずには戻れないでしょう、と羽左衛門に習ったやり方をやってみせ、萬次郎が真似をする。で、さあこれでやりましたよ、「おお、恥ずかし」と重たい太刀は三津五郎に押しつけて可愛らしく戻っていくのを、三津五郎が笑いながら追いかけて幕。ほのぼのと浮き立つよう。
舞踊は松緑の「雨の五郎」と、三津五郎の「三ツ面子守」。舞踊の見方は未だによくわかっていないが、この二人の踊りは好きだ。松緑はシュッとした格好良いのも、ひょうげた感じも違和感がない。三津五郎の指先を見てはきれいだなあと思う。
「神明恵和合取組」は久し振りに見る。菊五郎の辰五郎、團十郎の四ツ車、時蔵のお仲、最後は菊五郎劇団総出。辰五郎の、お出入り屋敷の立場を考え表に出さないけれど腸が煮えくり返っている様子。四ツ車はどっしりして、上から物を言うが厭味にはならない。お仲の気風のよさ。倅又八の虎之介はませた仕草がかわいい。水杯の場面が湿っぽく説明臭くならないのが好き。それでもちゃんと、辰五郎の心中が伝わるのが上手い。め組で水杯をかわして平皿を叩き割る場面も好き。ああ親父様、格好良いなあ。盛り上げに盛り上げて、最後はこれぞ菊五郎劇団!という鳶らしい趣向を凝らした立ち回りが続く。揉み合う中に、梯子から飛び降りて仲裁に入る梅玉の焚出し喜三郎。あれ、やってみたい(笑)。
昼の部の「勧進帳」も、親父様の富樫を見に行きたいのだが、行けるだろうか。ところで、夜は「女暫」、昼には「女伊達」があるのね。今月の演目は強い女性がテーマでしょうか。
「女暫」羽左衛門さんの七回忌追善狂言で、萬次郎の巴御前。強い女の気迫がビンビン伝わってきて、とても良かった。引っ込み前に幕外で口上があり、そこから女形の素になって戻って行こうとするのを、舞台番の三津五郎が出てきて呼び止める。「暫」で引っ込みをやらずには戻れないでしょう、と羽左衛門に習ったやり方をやってみせ、萬次郎が真似をする。で、さあこれでやりましたよ、「おお、恥ずかし」と重たい太刀は三津五郎に押しつけて可愛らしく戻っていくのを、三津五郎が笑いながら追いかけて幕。ほのぼのと浮き立つよう。
舞踊は松緑の「雨の五郎」と、三津五郎の「三ツ面子守」。舞踊の見方は未だによくわかっていないが、この二人の踊りは好きだ。松緑はシュッとした格好良いのも、ひょうげた感じも違和感がない。三津五郎の指先を見てはきれいだなあと思う。
「神明恵和合取組」は久し振りに見る。菊五郎の辰五郎、團十郎の四ツ車、時蔵のお仲、最後は菊五郎劇団総出。辰五郎の、お出入り屋敷の立場を考え表に出さないけれど腸が煮えくり返っている様子。四ツ車はどっしりして、上から物を言うが厭味にはならない。お仲の気風のよさ。倅又八の虎之介はませた仕草がかわいい。水杯の場面が湿っぽく説明臭くならないのが好き。それでもちゃんと、辰五郎の心中が伝わるのが上手い。め組で水杯をかわして平皿を叩き割る場面も好き。ああ親父様、格好良いなあ。盛り上げに盛り上げて、最後はこれぞ菊五郎劇団!という鳶らしい趣向を凝らした立ち回りが続く。揉み合う中に、梯子から飛び降りて仲裁に入る梅玉の焚出し喜三郎。あれ、やってみたい(笑)。
昼の部の「勧進帳」も、親父様の富樫を見に行きたいのだが、行けるだろうか。ところで、夜は「女暫」、昼には「女伊達」があるのね。今月の演目は強い女性がテーマでしょうか。
2007年04月17日
『写楽考』シス・カンパニー シアターコクーン
作:矢代静一、構成・演出:鈴木勝秀。初演は1971年の作品である。
元々の戯曲は読んだことがないのだが、伊之が牢へ入れられてから、ずっと各人物のモノローグか呼びかけで、正面向いて語る芝居が続くのは、構成・演出のスズカツさんが意図的にそうしているのだろうか。スピード感を生むためだとすると、伊之の台詞が多いので意図を達成できてない。昔の大芝居だなあという感じがする。ラストの田園風景の幕もイマイチ。戯曲と作者に遠慮して、つられてしまった感じ。
伊之=堤真一、幾五郎=高橋克実、勇介=長塚圭史、お加世=キムラ緑子、お米=七瀬なつみ、蔦屋重三郎=西岡徳馬という基本的にオーソドックスな座組の中で、長塚圭史が一人異質だ。おかげでそこばかり気になって見てしまった(苦笑)。あ、まんまと引っかかっているのか?
キムラさんのお加世が綺麗だった。キムラ+スズカツなら、長塚父を加えて、『偶然の男』を再演してほしいなあ。
元々の戯曲は読んだことがないのだが、伊之が牢へ入れられてから、ずっと各人物のモノローグか呼びかけで、正面向いて語る芝居が続くのは、構成・演出のスズカツさんが意図的にそうしているのだろうか。スピード感を生むためだとすると、伊之の台詞が多いので意図を達成できてない。昔の大芝居だなあという感じがする。ラストの田園風景の幕もイマイチ。戯曲と作者に遠慮して、つられてしまった感じ。
伊之=堤真一、幾五郎=高橋克実、勇介=長塚圭史、お加世=キムラ緑子、お米=七瀬なつみ、蔦屋重三郎=西岡徳馬という基本的にオーソドックスな座組の中で、長塚圭史が一人異質だ。おかげでそこばかり気になって見てしまった(苦笑)。あ、まんまと引っかかっているのか?
キムラさんのお加世が綺麗だった。キムラ+スズカツなら、長塚父を加えて、『偶然の男』を再演してほしいなあ。

