2007年05月13日

團菊祭 歌舞伎座 昼

小平から帰宅して、今度は母と歌舞伎座へ。西の桟敷に見た顔があって、花道を向くたび目に入って気になった(笑)。

「女暫」羽左衛門さんの七回忌追善狂言で、萬次郎の巴御前。強い女の気迫がビンビン伝わってきて、とても良かった。引っ込み前に幕外で口上があり、そこから女形の素になって戻って行こうとするのを、舞台番の三津五郎が出てきて呼び止める。「暫」で引っ込みをやらずには戻れないでしょう、と羽左衛門に習ったやり方をやってみせ、萬次郎が真似をする。で、さあこれでやりましたよ、「おお、恥ずかし」と重たい太刀は三津五郎に押しつけて可愛らしく戻っていくのを、三津五郎が笑いながら追いかけて幕。ほのぼのと浮き立つよう。
舞踊は松緑の「雨の五郎」と、三津五郎の「三ツ面子守」。舞踊の見方は未だによくわかっていないが、この二人の踊りは好きだ。松緑はシュッとした格好良いのも、ひょうげた感じも違和感がない。三津五郎の指先を見てはきれいだなあと思う。
「神明恵和合取組」は久し振りに見る。菊五郎の辰五郎、團十郎の四ツ車、時蔵のお仲、最後は菊五郎劇団総出。辰五郎の、お出入り屋敷の立場を考え表に出さないけれど腸が煮えくり返っている様子。四ツ車はどっしりして、上から物を言うが厭味にはならない。お仲の気風のよさ。倅又八の虎之介はませた仕草がかわいい。水杯の場面が湿っぽく説明臭くならないのが好き。それでもちゃんと、辰五郎の心中が伝わるのが上手い。め組で水杯をかわして平皿を叩き割る場面も好き。ああ親父様、格好良いなあ。盛り上げに盛り上げて、最後はこれぞ菊五郎劇団!という鳶らしい趣向を凝らした立ち回りが続く。揉み合う中に、梯子から飛び降りて仲裁に入る梅玉の焚出し喜三郎。あれ、やってみたい(笑)。

昼の部の「勧進帳」も、親父様の富樫を見に行きたいのだが、行けるだろうか。ところで、夜は「女暫」、昼には「女伊達」があるのね。今月の演目は強い女性がテーマでしょうか。
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2007年04月17日

『写楽考』シス・カンパニー シアターコクーン

作:矢代静一、構成・演出:鈴木勝秀。初演は1971年の作品である。
元々の戯曲は読んだことがないのだが、伊之が牢へ入れられてから、ずっと各人物のモノローグか呼びかけで、正面向いて語る芝居が続くのは、構成・演出のスズカツさんが意図的にそうしているのだろうか。スピード感を生むためだとすると、伊之の台詞が多いので意図を達成できてない。昔の大芝居だなあという感じがする。ラストの田園風景の幕もイマイチ。戯曲と作者に遠慮して、つられてしまった感じ。
伊之=堤真一、幾五郎=高橋克実、勇介=長塚圭史、お加世=キムラ緑子、お米=七瀬なつみ、蔦屋重三郎=西岡徳馬という基本的にオーソドックスな座組の中で、長塚圭史が一人異質だ。おかげでそこばかり気になって見てしまった(苦笑)。あ、まんまと引っかかっているのか?
キムラさんのお加世が綺麗だった。キムラ+スズカツなら、長塚父を加えて、『偶然の男』を再演してほしいなあ。
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2007年03月19日

『かぶき座の怪人』花組芝居 スペースゼロ

花組芝居20周年記念公演。帰ってから、前回公演時のパンフ・脚本を引っ張り出して見ていたのだが、ベテラン勢は味を増し、当時新人だった人達が成長し、現在の新人さん達も色を加え、劇団として厚みが出来たなあ、と思った。加納座長が中心というところだけは変わらないのだけれど、それが花組のお約束ではあるのでね。
この芝居は、脚本に福島三郎氏が加わっているので、普段の花組より数段わかりやすく筋道立って話が進む。身毒丸的母子関係と女優の業がテーマだから、いかにも“加納幸和”という感じだし、そうでありながら後味が軽いのもよい。20周年の歴史を抽出しつつ、花組入門編としてもちょうど良い内容だと思う。花組作品のうちでも、かなり好きな芝居です。
配役がほぼ総入れ替えになる中、九重八重子の加納さんと、宇治野川霧(権屋)の八代さんだけは変わらず。本筋からはやや外れて狂言回し的な権屋だが、何はともかくいちばん大事なのは芸である、というもうひとつのテーマを表す存在として、彼がいなくてはこの芝居が成り立たないのだ。最後の、道成寺のドレスが好きー。
唯一残念だったのは、原川さんが『阿国』出演中で不在だったことでしょうか。あと、高荷さん。早瀬支配人に、高荷さんから祝電が届いてて笑いました(前回は高荷さんが配役)。
良い芝居でした。やっぱり花組好きだわ、うん。
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2007年03月13日

『グッドラック、ハリウッド』CATプロデュース 紀伊国屋サザンシアター

長塚京三、久世星佳、筒井道隆による3人芝居。脚本は『ディファイルド』のリー・カルチェイム、演出は山田和也。

かつて名匠と呼ばれた初老の映画監督。ハリウッドの変化に折り合おうとせず、映画化されない脚本が溜まるばかり。ある日、彼の前に新進の脚本家が現れる。そうだ、彼の名前で自分の脚本を売り込みさせようじゃないか! …という感じで、今は時代から外れてしまった監督ボビー・ラッセルのモデルはビリー・ワイルダーである。
淡々とした会話劇で、別に大きなどんでん返しがある訳ではない。だから、会話の軽妙さからストーリー自体の大きな山谷を期待すると、ちょっと肩透かしを食らうかも。でも、見ていて、登場人物たちをかわいいなあと思える。わき目も振らずに映画を作ることだけを考えてきた頑固なボビーも、彼の映画が好きで思いがけなく傍で働くことになった秘書メアリーも。掴みどころのないデニスでさえ、「いちばん興奮したこと」を語るところがかわいい。
ラストは、謂わば“デウス・エクス・マキナ”というか、え、いきなりそこに飛躍させるのかという感じもするのだが、「現実が醜いからって醜い映画を作らなきゃいけないのか?」とボビーに語らせるカルチェイムだから、芝居の結末が醜くなるはずはないのだ。
結末は、見方によっては苦くもあるし、新たな希望に向かっているとも言える。時代と才能、老いた者が新しい者に追われて行くことを自覚するという物語であるし、第二の人生を始めるための物語でもある。今はオールドタイマーとなった者が舞台を去り、残された新人は何を思う、というところで幕。

久世さんが、普段のイメージとは違う冴えない中年女性役。結構頑張ってボビーにアプローチしたりもしているのだけれど押し付けがましくなく、監督として良い仕事をしてほしいと思う気持ちと、仕事以外の世界を知ってほしいと思う気持ちの板ばさみ。猫背でドタドタ歩き、恥ずかしがると挙動不審になる。役柄に合わせて、しゃべり方も仕草もまるきり変えてしまえるのがすごい。
一方、どんな役をやってもほとんど変わらないのが筒井道隆。彼の場合はそれでいいんだな。マイペースで傍目には掴みどころがない、というのが基本的な役どころなのだ。デニスもやっぱり、ボビーに同化して見ると何を考えているのかよくわからない。でも多分、ボビーの映画が好きだというのは本当なんだろう。
長塚京三は、中に鬱屈や怒りを溜め込んでいる役が似合うなあと思う。自制心の強そうな演技が逆にそう思わせるのか。ということで、長塚さんのやった役でいちばん好きなのは、息子が作・演出した一人芝居の『侍』です。ドカンと爆発させてみたい感じなのだ。
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2007年03月09日

三月歌舞伎座 夜

歌舞伎座は2月の「忠臣蔵」に続いて、今月は「義経千本桜」の通し。夜の部は、「木の実・小金吾討死」「すし屋」「川連法眼館(四の切)・奥庭」の3幕。
仁左衛門の権太は可愛いなあ。なんとも小面憎くい小悪党でありながら愛嬌もあって、小せんとラブラブで、倅善太を可愛がっていて。「木の実」で家族仲の良さが伝わり微笑ましいので、余計に「すし屋」で妻子を身代わりに立てる辛さが引き立つ。このエピソードを観る度に、善太の笛の使い方はよく考えてあるなあと思う。ついつい泣きますがな。「すし屋」での母お米に金をせびりに行く権太も、仁左衛門がやると、調子の良い悪タレが甘えてみせるのに思わずほだされる母の気持ちがわかる(苦笑)。仁左衛門の権太はひねくれ者のお子様だから、お袋様へ甘えてみせるのもフリじゃないのだ。いがみ者がせっかく最愛の妻子を犠牲に主君の敵を欺いたと思ったら、父に誤解されて刺され、真相が明らかになってみれば実はすべて筋書の上、掌の中であった、という三重の悲劇。いや、筋書にせよ忠は尽くせたんだから最後は省いて二重の悲劇なのか。
弥左衛門は左団次で、ようやく左団次さんの爺役を見慣れてきた。時蔵さんは、自分はできれば女形で見たいのだけれど、弥助実は惟盛がおっとり浮世離れした感じで良かった。

「四の切」は菊五郎の忠信で、安心して気持ちよく見ていられるが、平日夜ということもあってか、狐はちょっと省エネモードのようでした(苦笑)。あんまり回ると、これから楽日までまだ長いからねー。梅玉の義経はすっきりきっちりした感じで良かったが、福助の静はどうだろう。福助さんの赤姫はバタバタして見えてちょっと苦手。

以前から不思議に思っているのは、狐忠信に静が切りかかるときに、狐忠信は初音の鼓を間に置いて盾(?)にすることがありますよね。後白河法皇から拝領した鼓だから傷つけられないというのはわかるが、もしや何かの拍子にということを狐忠信は心配しないのかしらと。むしろ自分の後ろにかばう方が自然な気がするのですが。それともこれは即物的な現代人の見方で、初音の鼓自体に神性(千年の劫を経た雄狐・雌狐の皮で作った鼓。法皇から拝領の品、というのもある?)があって、刀を寄せ付けない力があるということなのだろうか。ご存知の方に解説をいただければ幸いです。

メモメモ:歌舞伎素人講釈より
なぜ「鮨屋」に義経は登場しないのか
放蕩息子の死
「モドリ」の構造
民俗芸能としての「鮨屋」
「鮨屋」における他者
義経と初音の鼓
花のない「千本桜」
義経の神性とは何か
その問いは封じられた
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2007年01月23日

『志の輔らくご in PARCO』PARCO劇場

どうせホールで独演会をやるなら色々可能性を試してみよう、という公演。昨年に続き、今年もお正月の1ヶ月間。楽日近くなり、喉が大変そうである。

「七福神」中で披露するかくし芸は、毎回違うのかしら。
「新版 蜆売り」兄貴が店の外へ出たときに降りかかる雪が美しい。しん、と冷えた静けさが伝わってくる。
休憩を挟んで3席目は「狂言長屋」。初めて見た。途中で志の輔さんと茂山千三郎さんによる劇中劇(狂言)が始まったのに驚いた。帰ってから初演の時期を調べていたら、「飛び出す絵本のよう」と感想を書いていた人がいて、正に、と思いました。「もう死にてぇよ」と思う理由は人それぞれで、メタの視点に立ってみれば馬鹿馬鹿しいことが多いよね、という噺だが、狂言師が着想を得るまでの、前段の長屋の衆のやり取りが可笑しくて。「竹を切ってみると中から光り輝く越後屋が」「それを見ていたのは家政婦」くだらなくて大好きだ!
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2007年01月17日

『朧の森に棲む鬼』INOUEKABUKI SHOCHIKU-MIX 新橋演舞場

『リチャード三世』+酒呑童子、きっかけだけ『マクベス』。中島かずき氏、久しぶりの書き下ろし。
新感線+染五郎の舞台は5回目となるが、「新感“染”」の中では今まででいちばん好きな話だ。年々、感性が鈍っているのか、芝居を観てもなかなか昔のようには感動しなくなっているのだけれど、今回は久々に何かきた。中島氏のストーリーテイリングが、また一山越えた感じがする。一時期は、「“男”と“運命の女(=力の器)”と“力”をまとめて別世界へ放り出して、世は平穏に戻る」という話が続いていたけれど、“運命の女”が2人になるにつれて物語が膨らみ始め、今回さらに3人に増えて、心理描写が複雑になってきたと思う。何と言うのか、スーパーヒーローはスーパーヒーローなんだけれど、魔界でなく人間世界にいるスーパーヒーローになったと言うか。
帰ってパンフを読んだところ、人間関係の描写が深くなったと思ったのは気のせいばかりではなくて、いのうえひでのり氏もそちらに重点を置いて演出したらしい。染五郎が役者として成長したということもあるんだろう。
…実のところ、これまで染五郎の芝居は、自分にとってはあんまり響くものがなかったのだけれど、初めて「いいなー」と思った。ライというキャラクターを、(リチャード3世とは違って)最後まで悪人として欲望の本道を貫き通したのが、壮絶で良かった。舌先三寸でのし上がって行く男の話なので、台詞が膨大だが、滔々と聞かせる。あ、ライって「lie」かと思っていたら、パンフを見ると「源頼光」から来ているのね。
人間関係の部分では、ライ−キンタ(阿部サダヲ)の義兄弟と、シキブ(高田聖子)−オオキミ(田山涼成)の踊る者−見る者の関係が良い。

今回の芝居が好きだというのは、秋山菜津子がメインの一人、ツナ役で、格好良くてエロかったというのもある(笑)。秋山さん、大好きなんだよー。どっか壊れた人の役が多いので、こういうマトモな人の役を見ると新鮮です。全体に笑いは控えめ、真剣にストーリーを追わせる演出。
その他も配役に穴がなく、バランスが取れていた。出番は少なめでも、マダレの古田新太はやっぱり色っぽい。何か悔しい。カーテンコールではHHHの水吹きをやっていた(笑)。阿部サダヲは狂気を封印した分、可愛さ倍増でした。

ラストの解釈にイマイチ自信が持てないので、後で戯曲を買ってこよう。
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2006年12月27日

『SWAクリエイティブツアー』新宿明治安田生命ホール

納富さんにチケット取っていただいて、初SWA(創作話芸協会)。落語も聞きたい聞きたいと思いつつ、自分で開拓せずに連れて行っていただいてばかりである。いかんなあ。寄席に行かずに、こういうホールにばかり出かける自分のような客は、落語ファンにとっては腹立たしいことであろうと思う。すみません。

三遊亭白鳥「恋するヘビ女」。リメイクだが、「99%新作」とのこと。勢いで突っ走るバカ話。おばちゃんの芝居が気持ち悪くて可笑しい。サゲですべって急遽(?)追加していたが、簡単に「手も足も出ない」までで終わらせた方が良かったんでないかなーと。「目から鱗」だと、ヘビって感じがしないのだ。鱗というと、龍か鯉(魚)っぽい。ヘビだけに、ちと蛇足、と(苦笑)
春風亭昇太「吉田さんの携帯」。話しも巧いが、ストーリーが巧いなあ。星新一のショートショート風味。
林家彦いち「カラダの幇間」。枕での新宿で職務質問された話と、本題に入ってのギャップがまた可笑しい。
休憩を挟んで、神田山陽「傘がない」。どこに落ち着くのかと思ったら、“不思議な話”だったのか。下北沢をこういう風に描写されると可笑しい。
柳家喬太郎「明日にかける橋」。高田文夫さんから出題の三題噺とのこと。お題は、「2007年問題」「バイオテクノロジー」「東橋」。おじさんが元気になる話(?)。年明けに発売の『落語ファン倶楽部』に、昇太さんバージョンのCDが付くそうなので、これも聞いてみたい。

人を泣かせるより、笑わせる方が多分難しい。客を「ああ面白かった」で家に帰らせるのは、大変なことである。ああ面白かった。
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2006年12月25日

12月歌舞伎座 夜

前楽の日に急いで歌舞伎座へ。今月は昼も観たかったのだが行けなかった。サッカーにうつつを抜かしすぎです。夜の部が始まる頃に、歌舞伎座前では門松の支度が始まり、終演後に外に出ると、立派なものが出来上がっていました。

「神霊矢口渡」。菊之助のお舟が可愛いーっってもうただそれだけで満足(笑)。義峰様に一目惚れして純情一途が、いじらしいのみで鬱陶しく見えないのは、単に欲目か。いやいや、菊之助の女形が清潔な感じだからに違いない、うん(<馬鹿)。身代わりになって富十郎の頓兵衛に刺されて、だけど父親が欲に眩んで自分を気にかける様子もないのが、悲しく悔しいというのが伝わる。
「神霊矢口渡」はお舟の悲劇なのだが、後味が悪くないのは、幕切れで舞台が回って水面のパノラマが広がるせいもあるかもしれない。回り舞台の仕組みというのは、本当によくできているものです。

「出刃打お玉」。前回の上演は観ていないのだが、makiさんがしきりにまた観たいと言っていたのがよくわかった。前回は増田正蔵が團十郎だったのだものね。團十郎の演じるヘタレで可愛い役が好きなのです(笑)。今回の増田正蔵は梅玉。前半の、初々しい若者として、気風の良い面倒見の良いお玉とのやり取りが、可笑しくも切ない。後半のエロ親父になっての対比も良い。
菊五郎のお玉が後半、老けた様子で出てくるのは、確かに笑いどころではあるのだけれど。大詰で正蔵を見送って、まだ良心が残っていた、変わり切った訳ではなかったと気付いての「正蔵さん…」の台詞で、何故笑うのか。そら、お婆ちゃんが昔日のような若々しい声音に一瞬なったら、バラエティ番組のコントではお笑いシーンかもしれないが、この芝居の文脈の中でも笑うかね。芝居自体と関係ないところで、ちょっと萎えた。
おろくの時蔵と、和尚の田之助が、普段にない役で楽しそうでした。

「紅葉狩」。海老蔵の更科姫に、松緑の維茂。海老蔵がすごい目つきでギロッと睨むものだから、自分がせっかく踊ってるのに維茂の野郎、居眠りしやがってーと怒ったから、更科姫は鬼の正体を現したのかと思ってしまった(笑)。侍女野菊は團十郎のお嬢さん、市川ぼたんだったが、綺麗な方だなあ。
山神役の尾上右近があんまりにも上手くて(さすがに前楽まできて、声は枯れてしまっていたものの)吃驚したが、帰って俳優協会のサイトを見たら、延寿太夫さんの次男、あの岡村研佑君なのか! すみません、不勉強にて二代目右近を襲名されていたことを存じませんでした。初舞台(7歳)のときから物凄く上手くて、友人とあれは誰だと話をしたのを覚えています。いや、順調に成長されていて、嬉しいことです。
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2006年11月28日

『トーチソング・トリロジー』PARCO劇場

鈴木勝秀演出によるパルコ「新」スタンダードシリーズの第4弾。
映画を観たのはいつだったろうと思ったら、1988年だった。マシュー・ブロデリックが美しかった。舞台(「インターナショナル・スタッド」)の初演は78年、翌年に「子供部屋のフーガ」と「未亡人と子供 最優先」が上演されて、81年に現在の3部作の形になったとのこと。70〜80年代の、ゲイカルチャーがクローズアップされ始めた時期の作品とあって、今観ると、素朴だな、と思う。90年代にかかるとエイズ問題が入ってくるので、その時代に作られたなら、もっと暗い影の差す物語となっただろう。
アーノルドを演じるのは篠井英介。女形として活躍する篠井さんだが、ゲイの役は初めてと聞いて、ちょっと驚いた。そう言えばそうか。いつもきっちりヘテロの女性か男性の役だな。バイのエドに橋本さとし、エドの妻ローレルに奥貫薫、アーノルドの若い恋人アランに長谷川博己、養子となるディビッドに黒田勇樹、アーノルドの母に木内みどり。また、シンガーにエミ・エレオノーラ。
しみじみと感動するのは3幕の、アーノルドと母の、どうにか相手を受け入れたい・受け入れられたいと思いつつ、理解し切れずにすれ違ってしまう対立なのだけれど、2幕も秀逸。大きなベッド(鹿賀版の舞台写真もベッドの上なので、戯曲で指定なのだろう)の上で、水が複雑に分岐しては合流しながら最後は一定の川の流れに落ち着いていくような会話が続く。1・2・3幕通して、淡々と、しっかりと構成された会話劇なのだよなあ。すごい戯曲だと思う。
1幕はアーノルドとエドの一人芝居で語られ、最後に2人が顔を合わせ緊迫感を出す。2幕は大きなベッドの上で具体的な場所と時間を定めずに、4人の中で組み合わせを変えつつ2人ずつの会話を続ける。3幕は具体的な部屋のセットを作って、リアルに芝居する。と、3幕それぞれ趣向を変えた演出も面白かった。
3幕の木内さんと篠井さんの会話が、「母娘」とも「母息子」ともつかない不思議な感じ。でも「母子」なのだ。友人・恋人・同僚・他人ではなく、家族の中の対立なのだ。対立のテーマが違うだけで、「親に自分を認めて欲しい」というのは普遍的なことだなあと思わされる。

橋本さとしのエドがヘタレで可愛かった(笑)。黒田勇樹のディビッドにからかわれ続けそうなのが良いです。
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2006年11月20日

『イヌの日』阿佐ヶ谷スパイダース 本多劇場

2000年の初演は未見。新たに追加されたのは、中津の動機付けとなる母親との関係と、ラストシーンらしい。母親との関係の方は、物語をファンタジーからリアルに引き寄せるために必要だったと思うんだが、ラストシーンはどうなんだろう? 無いと、またファンタジーに戻っちゃうというのもわかるが、有れば有ったで、それもファンタジーだし。
なんだかどこにも感情移入できなくて妙に冷静に見てしまって、終わり方に納得できない気分なんだが、どういう終わり方なら落ち着くのか、自分でもよくわからん。中津がなんで出来るようになったのか、がイマイチわからないのと、中津の母親(の中津との関係)がどうなったのか、がはっきりしないから、ラストに納得できていないということはわかっているんだが。中津、どこで乗り越えたのかな。「好きだよ」と言葉に出したとこかな。それにしては芝居が弱いような。
役者では中山、松浦、大堀。一見普通なのにずれてて気持ち悪いのが上手いなあ。剱持たまきが良くて、ちょっとびっくりした。失礼しました。「遊ぼう」がどっちの意味にも取れて、本来こういうのがロリータ的魅力なのかなーとか。

何でいきなりこれの再演だったのか? 昨年『胎内』をやって、自分にも閉じ込められる話があったなと思い出したのかね?
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2006年10月24日

『ペテン師と詐欺師』天王洲銀河劇場

天王洲アイル・アートスフィアの運営がホリプロに移り、銀河劇場としてリニューアルオープン。そのこけら落とし公演は、ブロードウェイミュージカル『DIRTY ROTTEN SCOUNDRELS』の日本版となった。元々は88年の映画『ペテン師と詐欺師〜だまされてリヴィエラ』をミュージカル化したもの。ストーリーを知ってるためドンデン返しで驚けなかったのは残念だったが、来るぞ来るぞキター!で楽しめたのでOK。騙し騙されのかわいいコメディ。

何と言っても、詐欺師ローレンス=鹿賀丈史、ペテン師フレディ=市村正親だもの。この配役の時点で勝ったも同然。唯一惜しいのは、市村さんがもう少し役の年齢に近かったら…ということだが、あれだけ弾けて芝居できるんだからそれは言うまい。3列目センターの至近距離で鹿賀さんの美声を聴けただけで、もうお腹いっぱいです。鹿賀フリークなんです。『デモクラシー』のシリアスなぶつかり合いも良かったが、この2人ならやっぱりコメディがいい。当人同士が余裕を持って楽しんでいるのが伝わってきて、嬉しくなる。
で、2人に対するクリスティーン=奥菜恵。この人は物怖じしなくて姿も雰囲気もとってもいいのだ。芝居が下手でも、華があるってのは重要なことだ。でもミュージカルなんだから歌をもうちょい頑張ってくれ。そこだけ頑張ってくれたら、あの目だけで全部許す(つまりは、結構好きらしい…)。
ジョリーン=高田聖子は、嬉しい吃驚。新感線で看板張ってるのは伊達じゃないというのを見せつけられた。あれだけ動いて芝居しながらきっちり歌えるとは。ミュージカル役者にまったく負けてない。さすがだ聖子ちゃん。1幕だけの登場で、本当にもったいない!
ミュリエル=愛華みれとアンドレ=鶴見辰吾の駆け引きも、クスリと笑える大人の鞘当。お互い打算もあるんだが、性根が素直でいやらしくないのが良い。

幕のデザインが凝っていた。20ポンド紙幣(エリザベス2世の顔が鹿賀さん)と20ドル紙幣(ジャクソン大統領の顔が市村さん)を上下に配してあるのだが、お札を折りたたんだように縦方向に折り目をつけてある。芸が細かい。

安心して楽しく見て、気持ちよく家路につけるミュージカルでした。銀河劇場はいい劇場だが、場所が天王洲アイルというのだけがネックだ。
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2006年09月07日

『百鬼夜行抄2』花組芝居 博品館劇場

わかぎえふ脚本による舞台化、第2弾。…『1』のときにも思ったのだが、やっぱりどうも、わかぎさんのホンは合わない。笑いのツボが自分とずれている。
『1』同様、「妖怪の出てくるサザエさん」がコンセプト。妖怪が普通にいるのが飯島家の日常、というのを表すために、エピソードをどんどん詰め込んであるが、原作ファンとしてはもうちょっとそれぞれの話を丁寧にやってくれよ、と思ってしまう。余韻はどこだ。
どうでもいいけど、大井さんが驚異的に老けないのは、妖怪入ってると思います。最初に見てから、かれこれ16・7年は経っているはずなんですが。
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2006年07月20日

『寺山修司という世界』劇団羊のしっぽ シアターイワト

大急ぎで出かけたものの、ちょっと遅刻。神楽坂の小劇場。通路脇の床に座布団を敷いて座って見る。
寺山作品のコラージュ。世界→演劇、演劇→世界が今も影響し合っているか、の問いかけ。いや、それにしても、キ印がいっぱいでお腹いっぱい、という感じ。天井桟敷の頃はさすがにさっぱり知らないので、当時を映しているのかどうかはわからない。絶叫と号泣を集めすぎたかもね。
こういう劇場に来るのも久しぶりだったが、終わって立ち上がろうとしたら足元がぐらぐらして、体力が落ちたなーと苦笑いでした。
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2006年06月10日

『メタル マクベス』新感線☆RS 青山劇場

センターの良い席を取ってもらってほくほくしながら観に行ったら、目の前の席は大きなお兄さん達でした…。

いのうえ氏演出の『天保十二年のシェイクスピア』がとても良かったので、シェイクスピアといのうえひでのりは合うに違いないと思っていた。観終わってからもそう思っているが、今回のクドカン脚色は色々付け足し過ぎて冗長な感じで、上演時間の長さの割りには物足りなかった。メタルマクベスの過去世界と、ランダムスターの世界を重ねる必要が、本当にあったかなあ。客に捨てられたスター=臣下に捨てられた王、というのはわかるが。メタルで『マクベス』を演るための理由付けが要るように思えたんだろうか。

内野・松の夫婦愛を強調したのは、バカップル演出ではあれど『蜘蛛巣城』的(笑)。内野聖陽の情けなさと松たか子のSっぷりが面白かったが、松さんが熱演し過ぎでちょっと周囲と違和感も感じた。もう少し、ユルい部分があればいいんだが。メタルの歌唱は、松さんの方が向いてましたね。内野さんはラストのバラード調になってからの方が似合う。
物語中でマクダフが儲け役(?)であることを差し引いても、北村有起哉が良かった。ちょっと見ない間に、大変色っぽい役者になっていた(ホモネタのことではなくて、「古田新太は色気を垂れ流しにしている」というのと同じ意味の色気)。今後が楽しみです。
あと、上條恒彦の存在感が凄かった。歌も桁違いであった。さすが。
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2006年05月24日

『MYTH』青山円形劇場

午後からビシャビシャと雨が降り始め、雷の光る中、こどもの城へ。

スズカツ10年振りのオリジナル脚本。パンフで脚本家Sと演出家Sが対談するところでは「10年どころか書き始めた頃からいっさい変化なし!」と思ったのだそうだが、見ている者は、あれ、こんなにわかりやすかったっけ?と感じた。非常に素直な父と子の「血の肯定」の話なので、演出家Sのシンプルな舞台で上演するよりも、クラシックに(ゴシックに、と言ってもよい)きっちりリアルな舞台セットや小道具を使って、オーソドックスに演出する方が似合うような気がした。
息子:タロウ(佐藤アツヒロ)、父:マサオ(篠井英介)、友人:ケンタロウ(中山祐一朗)の設定は幕開きで大体わかるが、それでラストまでの流れの見当がついてしまうのは、佐藤アツヒロの持ち味のせいなのかな。どうも彼には、悲劇や破滅に向かいそうにない雰囲気がある(佐藤版『LYNX』の終わり方も悲劇ではないと思う)。演出家Sにとっては、白は徹底的に「無垢」を表す色なのだなあ。物語の不確定要素は弁護士:ミヤモト(陰山泰)だけなので、彼(とその息子についての物語)がもうちょっと絡んでくると、自分好みにややこしくなったかな、と。
うーん、わかりやすすぎて、逆にのめり込めなかったので、ちょっと物足りない。MYTHの意が「1.神話、伝説」「2.作り話」「3.架空の人」であるなら、神話が不足していた。だからこそリアル演出で泥臭く観てみたい訳だ。

ともあれ、アールデコ文様が美しい舞台。最後に、扉(または棺)を閉じるように狭まって消える照明が良かった。篠井さんが父親役というのには吃驚だ(笑)。陰山さんのラスト近くの「生きているのはローンを返しているようなもの(うろ覚え)」という台詞が良かった。「生まれたときに先にすべてを与えられているんですから」と。後輩二人は、まだ先輩二人に負けてる印象。というか、陰山さん格好ええ。

タロウみたいな「生まれたことに何の意味があるんだろう」的なことを、高校生位の時期には、ありがちな感じでよく悶々としてた訳ですが、「無意味でも別に面白いじゃん」と能天気な方向に転換したのは、『超芸術トマソン』を読んだせいです。だから赤瀬川原平氏の自分に対する影響力は、未だに大きいのです。…なんてことをいきなり書いているのは、同時代ライブラリ版を持っていたのを忘れて岩波現代文庫版の『芸術原論』を買ってしまったからなのです。まあいいんだけど。
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2006年04月17日

『素ネオかぶき ザ・隅田川』花組芝居 草月ホール

『ザ・隅田川』は花組芝居の1987年の旗揚公演。さらに96年に改訂版『ザ・隅田川 再演ニ非ズ』の上演が行われている。今回も衣装やかつら、セットを使わずに、全員が黒紋付に袴の素の姿で演じる素踊りならぬ“素ネオかぶき”としての上演。

もともと同じバックボーンを持つ隅田川物(「雙生隅田川」「隅田川続俤(法界坊)」「桜姫東文章」「都鳥廓白波(忍ぶの惣太)」、隅田川の世界に「加賀見山旧錦絵」をぶち込んだ「隅田川花御所染(女清玄)」)の作品群を一つにまとめ直した作品なので、話の筋はあっちに行ったりこっちに行ったり、だいぶ取っ散らかって展開していく。吉田のお家の重宝「鯉魚の一軸」に眼を描き入れたばかりに鯉が抜け出すところから始まって、最後に松若が「鯉魚の一軸」を取り返し、鯉が戻って来るまで。鯉は恋。絵の中から抜け出した恋が暴れ回って騒動を引き起こす。筋の継穂として踊りが入るが、これがそれぞれちょっと長くてテンポが悪くなっている気がした(どうせ踊りを見せるなら、山下さんをセンターに出せーと思う天邪鬼屋贔屓)。
新人のお披露目公演の様相が強く、古参の役者は半分ほど。劇半ばには口上が行われたが、そこから内輪ネタ(座長=岩藤vs植本=尾上)を絡めつつ物語の流れに戻すのは上手かった(笑)。幕切れに、全員が座長に名前を呼ばれては座長の前に進み、掛軸を返していったん引っ込んで行く。それから、桜舞い散る中、リボンで巻いた掛軸を持って再び登場する。ああ卒業式、と思ったが、新人のお披露目なんだよね。入学式? でも入学式で、1人ずつ呼ばれて証書を受け取ったかしらん。

終演後、M2さんと渋谷までてくてく歩いて食事に行き、カニサレスと土肥ちゃんはキャラがかぶるということで意見の一致をみる。でも土肥ちゃんはコロンの瓶の破片で足切ったりしないよ!
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2006年02月20日

『労働者M』シアターコクーン

ケラの新作は今年はこれだけとのこと。ロシア・アヴァンギャルド風のチラシにポスター。舞台美術も基本は鉄骨にコンクリートの打ちっ放し。テーマ曲は空手バカボンの「労働者M」。はたらけーはたらけーダーイヤモンドはただの石。
近未来の収容所と、現代の命の電話相談所(という名のネズミ講)の物語が一人数役で並行し、時系列もときどき入れ替わる。おまけに肝心の部分は欠落している。…という旨の前説あり。社会主義と資本主義というより、近未来=理想・建前優先と、現代=欲望優先の対比という感じか? 制作レポート等を読んでいると、現代の方が予想外に膨らんだ結果こういう構成になった様子。どちらの世界でも“ニョロニョロもビロビロも”どっちだって同じよ、という構成だが、並行させずにどっちかに絞った方が良かった気もするし、わかりやすさやカタルシスや感情移入はダサいから排除したいならこれで良かった気もするし、どっちがよりケラっぽいかと言えば後者だろうからこれでいいのか。

肝心の部分の欠落、というのは、どうしてそういう状況になっちゃったのかの説明をすっ飛ばしたというだけではなくて…。物語の“結論”が欠落しているのだ。無意味。すべては無意味である、という、凄まじくペシミスティックな物語。珍しくきちんと会話劇になっているので「あるのかも」と結論を期待するが、「そんなもんはない」と突き放されてしまって、無意味さが圧し掛かってくる。『消失』も相当辛い話だったが、今回、さらに悲劇なんじゃないのか。近未来で何か信じて命かけたって無意味だし、現代で他人の気持ちをお構いなしに行動したって無意味だし、どっちも働いてる理由はわからないし、どうやって時間を潰せばいいの?と、悲しくて馬鹿馬鹿しいからますます刹那的に笑うしかない。この方向に突き詰めていくとそのうち精神的にまずいことになりそうだが、ケラの場合全部創作として計算に入っている気もするので大丈夫なのか。考えすぎると自分が凹みそうなので、有頂天の「僕らはみんな意味がない」を歌っております。ぼーくらはみんなーいーきているモノ、いーきているモノにいーみはないー、そこにいーみがあーるー、かなあー?! チケケのヌカカでええじゃないかー。いつものケラは、こっちだよねえ。

役者のこと。最近、新国立やtptを観に行っていないので、田中哲司と秋山菜津子のこういう役(性欲担当)ばかり見ている気がする。こういう役も好きだからいいけどね。2人とも格好良いね。犬山イヌコの現代の方の役は、今までないような普通の(?)女性で、声も作っていなかったので、しばらく犬山さんだという確信が持てませんでした(苦笑)。今回の儲け役かも。小泉今日子は、『エドモンド』のときも思ったのだが、芝居が舞台っぽくなくて何となく異質なものが混じっている印象を受ける。何だろう、一歩引いてないというか…映像と違って常に身体全体が見られているということを意識するあまり、演技し過ぎているというか。舞台の数をこなせば変わってくるだろうか。

余談。コクーンの公演パンフには蜷川氏とゲストとの対談が載っているのだが、今回のゲストは菊之助でした。『グリークス』でのしのぶさんとのラブシーン(?)について話していて、役者なんだからやんなさいと言う姉も、恥ずかしいと思って芝居できないことの方が恥ずかしいと言う弟もいいなあと思った。エレクトラとオレステスは良かったなあ(反芻)。
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2006年02月15日

『桜飛沫』阿佐ヶ谷スパイダース 世田谷パブリックシアター

阿佐スパというと、大抵観終わってから「何でわざわざカネ払って嫌な気分になりに来ているのだろう?」と自問し、その嫌な気分の中毒になっていくような芝居が多いのだけれど、今回は普通にエンターテインメントで驚いたというか、身構えて行ったので拍子抜けしたというか。『みつばち』は観なかったのだが、長塚の時代劇はそうなのでしょうか?
二部構成で、第一部は橋本じゅん、第二部は山本亨が主役。面白いことは面白かったのだ。書こうと思えばこういう芝居も書けるんじゃないかとも思ったし、ラストシーンの格好良さにも、第一部の橋本じゅん祭りにも、山内圭哉にも中山祐一郎にも満足した。でも時間が経つにつれて物足りなくなってくる。
この配役でないと成り立たない(キャストに頼った)脚本ではなかったか? 一部と二部をここまで切り離す必要があったか? 一部・二部は前段でもうちょいとコンパクトにまとめて、第三部で徳市vs佐久間をたっぷり観たかったような(これだと新感線になるかも)。観ている間は構成を知らないので一部は面白かったんだが、二部は謂わば定番のストーリーであるところに、一部と一向に関連してこないので、段々「アレ?」という気持ちが募ってくる。そう、切り離して見せるには、二部のストーリーが定番に過ぎました。特に狂女の使い方が安直ではないか。山内圭哉がいなかったら、かなり辛いことになったと思う。
面白いか面白くないか、と聞かれれば、面白かったよ。でももっと面白くできるだろ?!とモヤモヤが残る、という芝居。

ともあれ、橋本じゅん祭り。じゅんさん、格好良いよじゅんさん。抑え込んで見ないようにしてきた怒りを噴出させる、第一部のラストが良い。このところ、自分の芝居の幅をちゃくちゃくと広げているなーと思う。第一部の中山祐一郎も、普段と違って抑えた芝居で良かった。そう言えば、『間違いの喜劇』のパンフで、吉田鋼太郎さんが「影響を受けた喜劇人」に中山祐一郎を挙げていて吃驚した。
山内圭哉も相変わらず上手い。姿も気風もいい男なのに何かずれてて気持ち悪い、という池田成志と通じる上手さではないでしょうか(違うか?)。
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2006年02月14日

二月歌舞伎座夜

午後に健康診断を受けに行って、時間が半端なので代休消化で休みを取って、都美術館へ行こうと思ったのだが、5時閉館というのに気が付いて中止。予定変更して、歌舞伎座へ。

「梶原平三誉石切」幸四郎の梶原は初めて見たけれど、最後の石切のやり方が違うのね。仁左衛門や吉右衛門(ご指摘を頂き訂正)のときは、手水鉢の左右に六郎太夫親子を呼び、影を写して二つ胴に見立てて石切するけれど、幸四郎のでは離れて見ている。その後の裃を直すときに、梶原と梢が目を合わせるのが好きだったのだが、それもなかった。まあ、梢は人妻なので事務的(?)でもいいのかもしれないが。
「京鹿子娘二人道成寺」もう、これを観たいばっかりにやって来たという訳です。玉三郎と菊之助の道成寺ですよ! 初演は見損ねたので、演出の違いはわからず。花道から菊之助がやってくる、玉三郎がスッポンからセリ上がってくる。客席の集中度も、申し訳ないが前後とはレベルが違う。まるでアイドル公演のような舞踊。自分の後ろには大向こうさんが座っていて、「音羽屋!」「大和屋!」と声をかけていたが、これほど男に生まれなかったことを悔しく思うことはないね。一度でいいから、おっちゃんの声で「音羽屋!」とかけてみたいーくやしー。それは置いといて、「天守物語」で富姫・亀姫をやったときにも思ったが、この組合わせだと、どうして男二人でこうもユリっぽいのか。
登場の仕方からは、一応、菊之助が花子の人間の部分、玉三郎が変化の部分を仮託されているのだと思われるが、踊りの中ではそれほど意味を持たせた演出は無し。二人で踊る間は、菊之助は玉三郎の踊りに合わせることに集中するあまり、鐘のことを忘れている感じがする。一人のときの方がのびのびしていた気がする。“人外ならお手の物”の玉サマと渡り合うのは大変だろうよ。いや、それにしても艶やかな舞台で満腹ご馳走様でした。
「人情噺小判一両」前の舞踊がこってりたっぷり!なためか、最後の世話物は、菊吉だがあっさり短いお話。宇野信夫作。宇野信夫の戯曲って、ひょっとしてこういう「え、これで終わり?」というものばかりなのだろうか。先日の志の輔落語の「江戸の夢」といい、あらすじだけ読んだ気にさせられるのだが。立場が違うと理解し合えないというか、平等なんてものはないというか、思いやりも独りよがりというか…もうちょっと救いようのある話で締めてくれーと思わないでもない。でもまあ、安七と申三郎は身分は違ってもこの先仲良くしていくのよね(と無理やり明るい方向に向けてみる)。
やっぱりアレかな、道成寺の後にさらにハッピーエンドの話を持ってくると、客の頭がお花畑になりそうだからかな。

ついでに自慢。93年に梅幸・菊五郎・丑之助(当時)の音羽屋三代の道成寺を見たよ! そろそろ自慢していいよね(笑)! こうして徐々に團菊婆に成長していくのです。
posted by kul at 22:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇/舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする