2007年10月26日

10月歌舞伎座夜

千穐楽。夜の部、まずは「怪談牡丹燈籠」の通し狂言。今回は歌舞伎用の河竹新七本ではなく、文学座のために書かれた大西信行の脚本。現代的というか、心理描写に重点をおいている点で落語に近いのかな。怪談として有名な新三郎(愛之助)とお露(七之助)の物語よりも、伴蔵(仁左衛門)とお峰(玉三郎)の因果応報譚がメインとなります。因果応報とはいうものの、お露さんの乳母のお米(吉之丞)に見込まれたばっかりに悲劇に巻き込まれて、気の毒な夫婦だ。お家乗っ取りを企んだ源次郎(錦之助)・お国(吉弥)は自業自得だけども。
大川の船上の場で始まって、場面のつなぎに円朝(三津五郎)が登場し、今、高座でこの物語を語っているという趣向。歌舞伎の「千秋楽」は、芝居小屋は「火」を嫌うので「千穐楽」と書く、という話を枕に、新三郎にお露の訃報が届くところまで語って、再び幕が上がると新三郎の家。からーんころーんと駒下駄の音を響かせてお露とお米が訪ねてくる。幽霊に生者用の光を当てない照明が上手い。
で、骸骨のお露さんを見てしまった伴蔵が長屋へ戻ってきて、お峰とやり取りになるのだが、玉三郎のガラが悪くてしたたかなおばちゃん(という年でもないのだろうが)振りが可笑しいやらかわいいやら、吃驚した。最初に仁左・玉で牡丹燈籠と聞いたときに、てっきり玉さんがお露さんかと思ったもので、ギャップがものすごくて(笑)。仁左衛門の伴蔵も当然のごとくかわいくて、お札はがしに至るくだりがドタバタと息が合って面白く、さすがベストカップル(?)だなあと思う。
二幕は一年後の栗橋に場面が移り、伴蔵・お峰は大店関口屋の主人とお内儀となっている。お峰が久蔵(三津五郎)から伴蔵とお国の仲を聞きだすところ、巧みに話を向けて聞いてる間にどんどん腹が立ち、ぷちんと切れて「悔しいねえ」の台詞に行くまでの流れが見事。夜更けに伴蔵の帰りを待って、筋道立ててジワジワと締め上げていくのに、最後は感情が先に立って悔しい悲しい寂しいで何が何だかわからなくなっちゃう感じ。玉三郎が本当に上手い! 対する伴蔵も、女房に頭が上がらずに甘えてごまかしてしまおうとする様子が実にリアル。ただの夫婦喧嘩がこんなに面白いなんて。そうして、面白いうちにも、お峰の寄る辺のない心細い心情と、伴蔵に殺意が芽生えたことを感じさせる。関口屋夜更けの場が白眉でした。
そして翌日、大詰めは幸手堤の殺しの場。久しぶりに夫婦で出かけ、うきうきと帰るお峰。ふっとした中に、明らかな殺意が見える伴蔵。怖いよう。匕首と傘との立ち回りだけが歌舞伎らしい演出。殺してしまってからふらふらと死骸を抱いて「お峰ッ」と叫ぶ伴蔵…。伴蔵もお峰も根っからの悪人でなく、一時の欲に迷った末に悲劇に至るのが哀れ。

締めは三津五郎の「奴道成寺」。三津五郎の踊りは、日本舞踊の形がぴしッぴしッと決まっていくのが美しく心地よい。舞踊はよくわからないが、振り付けがただの動きで終わっていない踊りはわかる気がする。鐘に上ってぱっと華やかにぶっかえって幕。
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2007年10月22日

『犯さん哉』PARCO劇場

ケラ×古田新太。何をやるのかと思ったら、健康や初期のナイロンを思い出すようなナンセンスコメディだった。周りも含めて、いい役者で全力でこういう芝居をやってくれると嬉しくなる。ケラも最近シリアスが多くて、ひたすらくだらなく馬鹿馬鹿しく吹っ切れた芝居がやりたくなったんだろう。最後は古田新太のケツで終わりたかっただけだと思う。しかし微妙に起承転結があったのは、PARCO劇場8500円に遠慮してでしょうか。
どうでもいいが、姜暢雄の下着姿のお姉さんは色っぽかったです。
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2007年10月19日

ゲキ×シネ『朧の森に棲む鬼』

ゲキ×シネとは、舞台演劇を、デジタルシネマを使って映画館の大スクリーン用の映像表現に置き換えたもの。2004年より現在までに、新感線の5作品が映像化されている。これまで単館上映がほとんどだったが、新作の『朧…』でついに全国公開となった。
ゲキ×シネ作品を見るのはこれが初めてなので、他作品については知らないが、演劇とも映画とも違う面白い表現になっていると思った。
舞台演劇を普通に映像化すると、せいぜいカメラ3・4台で正面+左右のアングル、時折役者のクローズアップが入る程度のカット割。音響も平面的で、劇場のLIVE感がなくなってしまっているものが多い。
今回の『朧…』では、まずカメラ15台による撮影でアングルが豊富。芝居を観ているとき、観客は常に舞台上全体を見ているわけではなくて、役者の顔や手にズームインしたり、アオリを入れてみたり、急に引いて舞台装置の美しさに驚いたり、頭の中で勝手にいろんな編集を行っている。それをきちんとストーリーに合わせて映像に落とし込んで編集してくれた。ナマでは遠かったり角度が悪かったりして見えない細かい表情や仕草だけでなく、制作側は見せたくないだろうが鬘の継ぎ目や舞台化粧、汗などが見えるのも興味深い。LIVE感を殺さないために、よく考えられている。セリフや歌がはっきり聞き取れるのもいいね(苦笑)。
この形態で映像化できるほど予算のある作品は少ないだろうが、舞台演劇を映像化するにあたって、こういう方向で単なる記録でなく再編集するつもりで作ってくれる作品が増えるといいなあ。
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2007年10月16日

『World's Wing 翼 Premium 2007』日生劇場

ありがたい友人のおかげで普段は観に行かないものを観ることがあります。というわけで今井翼のダンス公演へ。地上波TVをほとんど見ていないもので、ジャニーズはさっぱりわかりません(ちょっと前まではKAT-TUNを「かっつん」と読んでいたくらいだ)。
ストーリーやセリフは無しのダンスショー。ダンスもよくわからんが、十数人で踊っていても目を惹く踊りというのはあるもので、Jr.の小柄な子(山本亮太?)が上手いなあいいなあとついついそこに目が行ってしまった。今井翼は主演ということもあってか、きちんと正しいダンス。もう少し崩しても、色気が出ていいんじゃないかと思う。負傷の話を聞いていたので、頑張れ頑張れという感じで見てました。

衣装からの連想もあるけれど、ジャニーズと特撮って、カッコよさと可笑しさの質が似ていると思う。今回みたいなソロは、特撮の悪の組織だよね。中ボスで出てくる妙に美形の参謀とか将軍とかに通じる。で、5・6人のユニットだと主人公側の戦隊になる。似てませんかね?
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2007年09月24日

『SWAクリエイティブツアー』新宿明治安田生命ホール

今回はそれぞれの噺で繋げられそうなものを繋げてみよう、ということで、「明日の朝焼け」と題して“たかし”君の11歳から還暦までの物語。三遊亭白鳥「恋するヘビ女」→春風亭昇太「夫婦に乾杯」→林家彦いち「臼親父」→柳家喬太郎「明日に架ける橋」を休憩を挟まず一気に語り聞かせるという趣向です。
「SWAクリエイティブツアーは新作ネタおろしの会ではないよ」という旨、昇太さんの前説があって、それはいいんだが、別々の噺を無理やり繋げる意図はよくわからん。ヘビ女のおばちゃんの強烈さがすべてをなし崩しにOKにしてしまうが(笑)。こうしてみると、落語の主人公というのは“普通の人”なんだな。たかし君はあまり変化しないが、奥さんの変化が激しい。
前回に続き山陽さんが不在だったが、特に説明はなかった。何ででしょ?
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2007年09月13日

『志の輔らくご ひとり大劇場』国立大劇場

国立劇場。それも演芸場でも小劇場でもなく、大劇場での落語である。それに相応しい仕掛けをちゃんと用意してあるところが素晴らしい。
開演前は、めくりがポツンと、黒背景の舞台中央に置かれている。間口が広くて落ち着かないと思ったが、開演すると回り舞台が動きだす。背景の黒い壁がぐるりと回ると、半円形の白い(金色の?)壁が取り囲む中に高座が現れる。後ろが半円になっているので、間口奥行きの広さが気にならなくなるのだ。上手いな。でもそれは、前提として志の輔さんの噺の上手さがあるから、“空間が持つ”のだ。

下手より志の輔さん登場。ちょうど安倍首相が退陣を発表したもので、時事ネタを入れながら「バールのようなもの」。CDで聞いたことがあるが、生は初めて。小ネタが結構違うのね。
回り舞台がまた回ると、出囃子の方々が登場。顔見せを兼ねた演奏の後、再び回って高座に戻ると板付きで志の輔さん。「八五郎出世せず」。殿様が士分に取り立てようとするのをお断りするので「出世せず」。ひろ〜いお屋敷をキョトキョトしながら「へーや(部屋)、へーや、へーや」「こっちは、にーわ(庭)、にーわ、にーわ」と歩いて行く様子がかわいい。
中入り後、「政談月の鏡」。“円朝の失敗作”とのこと。上演されたことがないらしい。何故なら、面白くないから。
落語は普通、一人の人物を主軸に置いて、時間軸を縦に追って行く。だから、先にこういうことがあったという仕込みの部分を踏まえて、誰かにいたずらを仕掛けたとか、先の出来事を真似したのに失敗しちゃったという流れを、観客はすべて知っていて笑うのだ。
観客に事前情報を与えずに、時間軸を横切りにして大勢の登場人物をリアルタイムで追って行く『24』のようなサスペンスは、落語には難しい。円朝はこの作品でサスペンスをやろうとしたのじゃないか。せっかく国立大劇場を使うので、ちょっとやってみよう、との前説で始まる。
長屋に暮らす浪人親子、浪人の屋敷勤めの弟、長屋の人々、怪しい侍、小間物屋夫婦、岡っ引き達、吉原の女郎、口入屋の婆さん、牢番、お奉行様、と、多種多様な登場人物。確かに、絵がないので場面転換を示すのは難しい。演じ分けの苦手な人には無理だろうと思うが、志の輔さんだと、会話だけで別の人物のパートが始まったことがちゃんとわかるのだ。
それでもゴチャゴチャしてくると…
突然暗転。舞台後ろの半円の壁に、デジタル表示の時刻! さらに物語に沿った時代劇のカットが、ダン!ダン!ダン!と映し出される! SEはもちろん『24』のCM前の例のアレ。場内大ウケ、拍手! このための、あの背景なのか、と感心しきりである。志の輔らくごは、本当に舞台演出が凝っていて楽しい。その後も2度ほどこのアイキャッチが入った。会話だけで話を追って行くので、アイキャッチのときにト書き代わりに軽く説明を入れ、ダレるのを防ぐ効果もあるのだ。
実際のところ、「政談月の鏡」の物語自体は、特に面白くはなかったのだが(苦笑)、演じ方と演出が素晴らしく、「落語はサスペンスに向かない」と言いつつも、やろうと思えば落語でサスペンスだってできるよ!という意気を感じるものだった。いやもう、志の輔さん、お疲れ様でした。

余談だが、「政談月の鏡」は講談でやったら面白いのかもしれない。
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2007年09月04日

『犬顔家の一族の陰謀〜金田真一耕助之介の事件です。ノート〜』劇団☆新感線 サンシャイン劇場

久しぶりの夏のおバカネタ、チャンピオン祭り。劇団のフルメンバー(?)に、宮藤官九郎、勝地涼、池田成志、小松和重、木野花のゲスト陣を加えておきながら、いい役者を惜しげもなく無駄遣いする贅沢! 赤鬼になれる木野花さんが大好きだ。
『犬神家の一族』と『柳生一族の陰謀』のパロディかと思っていたら、ミュージカルネタで始まり、日本昔話があって、オチは…ときた。よく見たら、ちゃんとタイトルに書いてあったよ。やられました。
毒っ気と下ネタてんこ盛りで、後には何にも残さない3時間。いのうえ歌舞伎もいいけれど、新感線の基本はやっぱりこれでしょう。これでもかと突っ込んだパロディで細部まで手を抜かずに作り込んであって、皆さんちょっと、シリアス路線に疲れてたのかなというはじけっぷりであった。役者が途中で素に戻って笑い出したりするのは、普段はあまり好きではないのだが、今回はもう可笑しいんだから仕方がないね。役者が楽しく、かつ自信持って芝居できているのは確実に客席に伝わるもので、気持ちよく手叩いて笑わせてもらいました。
シリアス路線の大作よりも、こういうおバカネタをやるときの方が、新感線の底の厚さを感じる。看板役者だけでなくほかのすべてのメンバーが、呼吸を揃えて身体を張って笑いを取りに行けるというのは凄いと思います。
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2007年08月30日

『ザ・漱石』花組芝居オフシアター 「劇」小劇場

入口で山下さんにお出迎えされて、思わず挨拶(笑)。前座の原川さんの落語には間に合わず。
番外公演・花オフの第4回。大野裕明氏の作・演出。作品をコラージュしながら漱石の半生と明治の文人達を語る。出演は大井、各務、秋葉、松原、丸川の5人。大井さんが漱石で、久しぶりにたっぷり見られた。
作中に名前の出てきた漱石、鴎外、一葉、小泉八雲、正岡子規(あと、夏目鏡子/笑)のほかに、鈴木三重吉、高浜虚子、芥川龍之介らしき人物が登場。場面ごとに、ほかにも人物が出てきたけれどよくわからない。
物語は全体にドタバタとコミカルに進んでいくが、『夢十夜』をモチーフにした漱石と一葉のくだりはきれいだった。一葉はかつて漱石の兄との縁談が破談となっているのだが、一葉と漱石はひそかに惹かれあっていた、というもの。「百年待って」と百合を背景に静かに一葉は言うが、そのすぐ後に鴎外が乱入してきてドタバタに(笑)。漱石と鴎外を明確にライバルとして描いているのだけれど、当時、実際にはどれくらい意識しあっていたのだろう。様々な肩書の一つとして作家である鴎外と、権威の外から物を見ようとする漱石。漱石が、お札になってるのは自分と一葉と新渡戸稲造と諭吉先生!あんたは切手だけ!といぢめるのが面白かった。

漱石が出てくる芝居では、燐光群の『漱石とヘルン』をもう一度見たい。漱石と八雲(ヘルン=ハーンね)の架空の出会い、漱石と子規と鏡子の関係を描いたもの。坂手洋二氏の小泉八雲シリーズでは、『神々の国の首都』も見たい。こちらは八雲の出雲時代の話。公演記録を見たら、『漱石とヘルン』上演は、もう10年前でしたわ。早いなあ…。
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2007年07月22日

『砂利』劇団♪♪ダンダンブエノ スパイラルホール

近藤芳正主催のダンダンブエノの公演は、何故かこれまで見に行っていなかった。坂東三津五郎が初めて小劇場系の舞台に立つというので、見に行く。

作・本谷有希子、演出・倉持裕。うーむ。戯曲を読んで、本谷有希子作品は合いそうにないと思い、これまで見たことがなかった。見てみたらやっぱり、好きな役者が出ているにしても人には向き不向きがあるな、と。切迫感をヒステリックな表現だけで表されるのは苦手なのだ。役者にとっても、その人にその台詞は無理があるだろう、というのはあると思う。片桐はいりはヒステリックにずれた芝居をリアリティ持って見せられるけれど、田中美里はしゃべればしゃべるだけ無理を感じる、とか。決して田中美里のせいではなくて、同じ不条理にしても彼女をこういう台詞(口調)でしゃべらせる必要性を感じない。この台詞回しが本谷作品だと言えばそれまでなんだが。三津五郎さんは案外はまっていて、楽しそうでした。でも、この役を三津五郎さんでなくても、とは思う。

当初予定の日に行けなくなったので追加公演を取り直したら、前方の平場の席が取れた。椅子は千鳥に置いてあったが、しゃがんだ芝居も多くて人の頭であまり見えませんでした(苦笑)。今回は後方の席の方が良席。
どうでもいいけれど、席に置いてあるチラシの厚さに吃驚した。1.5cmはあったよ!
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2007年05月17日

『藪原検校』シアター・コクーン

脚本:井上ひさし、演出:蜷川幸雄。ホンキの古田新太を見たくて観に行った芝居だったが、何より印象に残ったのは、井上ひさしの凄さだった。
古田新太について、大ファンではあるのだが、この頃はいつも、既に持っているものの中から演技しているように感じていた。そういう役ばかりをふりたくなる気持ちはわかるのだけれど。今回、外部、しかも蜷川演出での主演で、何か別のものが出てくるんじゃないかと期待しながら出かけた訳です。普段、「俺は己の力でのし上がる」ということに微塵も疑いを持ってない役が多いが、今回の杉の市は「上がれるかどうかはわからないけどやるんだよ」という感じ。いっぱいいっぱいで頑張っている者のいじらしさは見えた。
杉の市の古田新太と、盲太夫の壌晴彦を除くと、ほとんどの役者が数役を兼ねる。塙保己一の段田安則が良かった。最後の、松平定信へ献策を行う場面。自分で、誰を怒り憎んでいるのかわからなくなっている感じ。自分と逆の道を辿り結果的に盲の評判を下げることになった杉の市(二代目藪原検校)なのか、盲の台頭を排除しようとする晴眼者なのか、杉の市と同じ盲である自分に献策をさせる松平定信なのか、晴眼者の権力者の側近くに侍る自分なのか。
お市の田中裕子、生で観るのは初めて。きれいで色っぽかった。山椒大夫を語る場面が良かった。
今回、細目の古田はともかく他の俳優陣は皆ギョロ目に下瞼がふくらんだ容貌で、座頭達のどぎつい物語を際立たせるには、皮肉っぽくもよいキャスティングだったと思う。出ずっぱりで語り続けの壌晴彦が素晴らしかった。赤崎郁洋のアコースティックギターによる津軽三味線風(?)BGMも。

どぎつい物語のはずなんだよね。でも観終わって案外あっさりした印象なのは、笑いや軽みを入れた演出だったからか。役者vs演出vs脚本で、いちばん勝ったのは脚本の面白さだったかなと。
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2007年05月15日

五月大歌舞伎 新橋演舞場 昼

叔父・叔母・母のガイド役で観劇の御相伴。女子高生の舞台鑑賞が入っていたが、一等席で鑑賞なのね。若いうちから贅沢だなあ。東京の生徒達は羨ましい。
で、最初の演目が「鳴神」。染五郎の上人、芝雀の雲の絶間姫。歌舞伎って、エロエロ猥雑で馬鹿馬鹿しいんですよー、構えないで見に来てねーというには良い出し物かもしれない(笑)。染五郎の鳴神上人は、最初っから姫に興味津々に見える。
「鬼平犯科帳 大川の隠居」は今回の書き下ろし。原作で人気の高い「大川の隠居」の戯曲化。立ち回りのない、鬼平と老盗の人情もの。歌六の友五郎が、平蔵に負けず劣らずの存在感で良かった。2幕目に意味もなく左馬之助(富十郎)が出たり、佐嶋様(段四郎)や酒井様(錦之助)が出たり、忠吾(松江)が目立っていたりするが、原作ファンでないとよくわからないのではないかしらん。
最後の「釣女」では、さっき粂八で平蔵に遣われていた歌昇が太郎冠者で、平蔵だった吉右衛門が醜女。話の筋も可笑しいが、前の演目の役とのギャップがまた可笑しい。
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2007年05月13日

團菊祭 歌舞伎座 昼

小平から帰宅して、今度は母と歌舞伎座へ。西の桟敷に見た顔があって、花道を向くたび目に入って気になった(笑)。

「女暫」羽左衛門さんの七回忌追善狂言で、萬次郎の巴御前。強い女の気迫がビンビン伝わってきて、とても良かった。引っ込み前に幕外で口上があり、そこから女形の素になって戻って行こうとするのを、舞台番の三津五郎が出てきて呼び止める。「暫」で引っ込みをやらずには戻れないでしょう、と羽左衛門に習ったやり方をやってみせ、萬次郎が真似をする。で、さあこれでやりましたよ、「おお、恥ずかし」と重たい太刀は三津五郎に押しつけて可愛らしく戻っていくのを、三津五郎が笑いながら追いかけて幕。ほのぼのと浮き立つよう。
舞踊は松緑の「雨の五郎」と、三津五郎の「三ツ面子守」。舞踊の見方は未だによくわかっていないが、この二人の踊りは好きだ。松緑はシュッとした格好良いのも、ひょうげた感じも違和感がない。三津五郎の指先を見てはきれいだなあと思う。
「神明恵和合取組」は久し振りに見る。菊五郎の辰五郎、團十郎の四ツ車、時蔵のお仲、最後は菊五郎劇団総出。辰五郎の、お出入り屋敷の立場を考え表に出さないけれど腸が煮えくり返っている様子。四ツ車はどっしりして、上から物を言うが厭味にはならない。お仲の気風のよさ。倅又八の虎之介はませた仕草がかわいい。水杯の場面が湿っぽく説明臭くならないのが好き。それでもちゃんと、辰五郎の心中が伝わるのが上手い。め組で水杯をかわして平皿を叩き割る場面も好き。ああ親父様、格好良いなあ。盛り上げに盛り上げて、最後はこれぞ菊五郎劇団!という鳶らしい趣向を凝らした立ち回りが続く。揉み合う中に、梯子から飛び降りて仲裁に入る梅玉の焚出し喜三郎。あれ、やってみたい(笑)。

昼の部の「勧進帳」も、親父様の富樫を見に行きたいのだが、行けるだろうか。ところで、夜は「女暫」、昼には「女伊達」があるのね。今月の演目は強い女性がテーマでしょうか。
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2007年04月17日

『写楽考』シス・カンパニー シアターコクーン

作:矢代静一、構成・演出:鈴木勝秀。初演は1971年の作品である。
元々の戯曲は読んだことがないのだが、伊之が牢へ入れられてから、ずっと各人物のモノローグか呼びかけで、正面向いて語る芝居が続くのは、構成・演出のスズカツさんが意図的にそうしているのだろうか。スピード感を生むためだとすると、伊之の台詞が多いので意図を達成できてない。昔の大芝居だなあという感じがする。ラストの田園風景の幕もイマイチ。戯曲と作者に遠慮して、つられてしまった感じ。
伊之=堤真一、幾五郎=高橋克実、勇介=長塚圭史、お加世=キムラ緑子、お米=七瀬なつみ、蔦屋重三郎=西岡徳馬という基本的にオーソドックスな座組の中で、長塚圭史が一人異質だ。おかげでそこばかり気になって見てしまった(苦笑)。あ、まんまと引っかかっているのか?
キムラさんのお加世が綺麗だった。キムラ+スズカツなら、長塚父を加えて、『偶然の男』を再演してほしいなあ。
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2007年03月19日

『かぶき座の怪人』花組芝居 スペースゼロ

花組芝居20周年記念公演。帰ってから、前回公演時のパンフ・脚本を引っ張り出して見ていたのだが、ベテラン勢は味を増し、当時新人だった人達が成長し、現在の新人さん達も色を加え、劇団として厚みが出来たなあ、と思った。加納座長が中心というところだけは変わらないのだけれど、それが花組のお約束ではあるのでね。
この芝居は、脚本に福島三郎氏が加わっているので、普段の花組より数段わかりやすく筋道立って話が進む。身毒丸的母子関係と女優の業がテーマだから、いかにも“加納幸和”という感じだし、そうでありながら後味が軽いのもよい。20周年の歴史を抽出しつつ、花組入門編としてもちょうど良い内容だと思う。花組作品のうちでも、かなり好きな芝居です。
配役がほぼ総入れ替えになる中、九重八重子の加納さんと、宇治野川霧(権屋)の八代さんだけは変わらず。本筋からはやや外れて狂言回し的な権屋だが、何はともかくいちばん大事なのは芸である、というもうひとつのテーマを表す存在として、彼がいなくてはこの芝居が成り立たないのだ。最後の、道成寺のドレスが好きー。
唯一残念だったのは、原川さんが『阿国』出演中で不在だったことでしょうか。あと、高荷さん。早瀬支配人に、高荷さんから祝電が届いてて笑いました(前回は高荷さんが配役)。
良い芝居でした。やっぱり花組好きだわ、うん。
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2007年03月13日

『グッドラック、ハリウッド』CATプロデュース 紀伊国屋サザンシアター

長塚京三、久世星佳、筒井道隆による3人芝居。脚本は『ディファイルド』のリー・カルチェイム、演出は山田和也。

かつて名匠と呼ばれた初老の映画監督。ハリウッドの変化に折り合おうとせず、映画化されない脚本が溜まるばかり。ある日、彼の前に新進の脚本家が現れる。そうだ、彼の名前で自分の脚本を売り込みさせようじゃないか! …という感じで、今は時代から外れてしまった監督ボビー・ラッセルのモデルはビリー・ワイルダーである。
淡々とした会話劇で、別に大きなどんでん返しがある訳ではない。だから、会話の軽妙さからストーリー自体の大きな山谷を期待すると、ちょっと肩透かしを食らうかも。でも、見ていて、登場人物たちをかわいいなあと思える。わき目も振らずに映画を作ることだけを考えてきた頑固なボビーも、彼の映画が好きで思いがけなく傍で働くことになった秘書メアリーも。掴みどころのないデニスでさえ、「いちばん興奮したこと」を語るところがかわいい。
ラストは、謂わば“デウス・エクス・マキナ”というか、え、いきなりそこに飛躍させるのかという感じもするのだが、「現実が醜いからって醜い映画を作らなきゃいけないのか?」とボビーに語らせるカルチェイムだから、芝居の結末が醜くなるはずはないのだ。
結末は、見方によっては苦くもあるし、新たな希望に向かっているとも言える。時代と才能、老いた者が新しい者に追われて行くことを自覚するという物語であるし、第二の人生を始めるための物語でもある。今はオールドタイマーとなった者が舞台を去り、残された新人は何を思う、というところで幕。

久世さんが、普段のイメージとは違う冴えない中年女性役。結構頑張ってボビーにアプローチしたりもしているのだけれど押し付けがましくなく、監督として良い仕事をしてほしいと思う気持ちと、仕事以外の世界を知ってほしいと思う気持ちの板ばさみ。猫背でドタドタ歩き、恥ずかしがると挙動不審になる。役柄に合わせて、しゃべり方も仕草もまるきり変えてしまえるのがすごい。
一方、どんな役をやってもほとんど変わらないのが筒井道隆。彼の場合はそれでいいんだな。マイペースで傍目には掴みどころがない、というのが基本的な役どころなのだ。デニスもやっぱり、ボビーに同化して見ると何を考えているのかよくわからない。でも多分、ボビーの映画が好きだというのは本当なんだろう。
長塚京三は、中に鬱屈や怒りを溜め込んでいる役が似合うなあと思う。自制心の強そうな演技が逆にそう思わせるのか。ということで、長塚さんのやった役でいちばん好きなのは、息子が作・演出した一人芝居の『侍』です。ドカンと爆発させてみたい感じなのだ。
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2007年03月09日

三月歌舞伎座 夜

歌舞伎座は2月の「忠臣蔵」に続いて、今月は「義経千本桜」の通し。夜の部は、「木の実・小金吾討死」「すし屋」「川連法眼館(四の切)・奥庭」の3幕。
仁左衛門の権太は可愛いなあ。なんとも小面憎くい小悪党でありながら愛嬌もあって、小せんとラブラブで、倅善太を可愛がっていて。「木の実」で家族仲の良さが伝わり微笑ましいので、余計に「すし屋」で妻子を身代わりに立てる辛さが引き立つ。このエピソードを観る度に、善太の笛の使い方はよく考えてあるなあと思う。ついつい泣きますがな。「すし屋」での母お米に金をせびりに行く権太も、仁左衛門がやると、調子の良い悪タレが甘えてみせるのに思わずほだされる母の気持ちがわかる(苦笑)。仁左衛門の権太はひねくれ者のお子様だから、お袋様へ甘えてみせるのもフリじゃないのだ。いがみ者がせっかく最愛の妻子を犠牲に主君の敵を欺いたと思ったら、父に誤解されて刺され、真相が明らかになってみれば実はすべて筋書の上、掌の中であった、という三重の悲劇。いや、筋書にせよ忠は尽くせたんだから最後は省いて二重の悲劇なのか。
弥左衛門は左団次で、ようやく左団次さんの爺役を見慣れてきた。時蔵さんは、自分はできれば女形で見たいのだけれど、弥助実は惟盛がおっとり浮世離れした感じで良かった。

「四の切」は菊五郎の忠信で、安心して気持ちよく見ていられるが、平日夜ということもあってか、狐はちょっと省エネモードのようでした(苦笑)。あんまり回ると、これから楽日までまだ長いからねー。梅玉の義経はすっきりきっちりした感じで良かったが、福助の静はどうだろう。福助さんの赤姫はバタバタして見えてちょっと苦手。

以前から不思議に思っているのは、狐忠信に静が切りかかるときに、狐忠信は初音の鼓を間に置いて盾(?)にすることがありますよね。後白河法皇から拝領した鼓だから傷つけられないというのはわかるが、もしや何かの拍子にということを狐忠信は心配しないのかしらと。むしろ自分の後ろにかばう方が自然な気がするのですが。それともこれは即物的な現代人の見方で、初音の鼓自体に神性(千年の劫を経た雄狐・雌狐の皮で作った鼓。法皇から拝領の品、というのもある?)があって、刀を寄せ付けない力があるということなのだろうか。ご存知の方に解説をいただければ幸いです。

メモメモ:歌舞伎素人講釈より
なぜ「鮨屋」に義経は登場しないのか
放蕩息子の死
「モドリ」の構造
民俗芸能としての「鮨屋」
「鮨屋」における他者
義経と初音の鼓
花のない「千本桜」
義経の神性とは何か
その問いは封じられた
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2007年01月23日

『志の輔らくご in PARCO』PARCO劇場

どうせホールで独演会をやるなら色々可能性を試してみよう、という公演。昨年に続き、今年もお正月の1ヶ月間。楽日近くなり、喉が大変そうである。

「七福神」中で披露するかくし芸は、毎回違うのかしら。
「新版 蜆売り」兄貴が店の外へ出たときに降りかかる雪が美しい。しん、と冷えた静けさが伝わってくる。
休憩を挟んで3席目は「狂言長屋」。初めて見た。途中で志の輔さんと茂山千三郎さんによる劇中劇(狂言)が始まったのに驚いた。帰ってから初演の時期を調べていたら、「飛び出す絵本のよう」と感想を書いていた人がいて、正に、と思いました。「もう死にてぇよ」と思う理由は人それぞれで、メタの視点に立ってみれば馬鹿馬鹿しいことが多いよね、という噺だが、狂言師が着想を得るまでの、前段の長屋の衆のやり取りが可笑しくて。「竹を切ってみると中から光り輝く越後屋が」「それを見ていたのは家政婦」くだらなくて大好きだ!
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2007年01月17日

『朧の森に棲む鬼』INOUEKABUKI SHOCHIKU-MIX 新橋演舞場

『リチャード三世』+酒呑童子、きっかけだけ『マクベス』。中島かずき氏、久しぶりの書き下ろし。
新感線+染五郎の舞台は5回目となるが、「新感“染”」の中では今まででいちばん好きな話だ。年々、感性が鈍っているのか、芝居を観てもなかなか昔のようには感動しなくなっているのだけれど、今回は久々に何かきた。中島氏のストーリーテイリングが、また一山越えた感じがする。一時期は、「“男”と“運命の女(=力の器)”と“力”をまとめて別世界へ放り出して、世は平穏に戻る」という話が続いていたけれど、“運命の女”が2人になるにつれて物語が膨らみ始め、今回さらに3人に増えて、心理描写が複雑になってきたと思う。何と言うのか、スーパーヒーローはスーパーヒーローなんだけれど、魔界でなく人間世界にいるスーパーヒーローになったと言うか。
帰ってパンフを読んだところ、人間関係の描写が深くなったと思ったのは気のせいばかりではなくて、いのうえひでのり氏もそちらに重点を置いて演出したらしい。染五郎が役者として成長したということもあるんだろう。
…実のところ、これまで染五郎の芝居は、自分にとってはあんまり響くものがなかったのだけれど、初めて「いいなー」と思った。ライというキャラクターを、(リチャード3世とは違って)最後まで悪人として欲望の本道を貫き通したのが、壮絶で良かった。舌先三寸でのし上がって行く男の話なので、台詞が膨大だが、滔々と聞かせる。あ、ライって「lie」かと思っていたら、パンフを見ると「源頼光」から来ているのね。
人間関係の部分では、ライ−キンタ(阿部サダヲ)の義兄弟と、シキブ(高田聖子)−オオキミ(田山涼成)の踊る者−見る者の関係が良い。

今回の芝居が好きだというのは、秋山菜津子がメインの一人、ツナ役で、格好良くてエロかったというのもある(笑)。秋山さん、大好きなんだよー。どっか壊れた人の役が多いので、こういうマトモな人の役を見ると新鮮です。全体に笑いは控えめ、真剣にストーリーを追わせる演出。
その他も配役に穴がなく、バランスが取れていた。出番は少なめでも、マダレの古田新太はやっぱり色っぽい。何か悔しい。カーテンコールではHHHの水吹きをやっていた(笑)。阿部サダヲは狂気を封印した分、可愛さ倍増でした。

ラストの解釈にイマイチ自信が持てないので、後で戯曲を買ってこよう。
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